高校2年の9月から付き合った彼は、かなりの奥手だった。
付き合って8ヶ月で手も繋いでいないし、遠出のデートもしたことない。女の子から積極的に行き過ぎるのもダメな気がして、葛藤に悩まされていた。
お互い毎日部活は忙しいけど、ほとんど毎日一緒に帰るし、夜中までLINEもする。一緒にいて楽しいし、会話に困ったこともない。
仲が悪いわけじゃないのにどうしてだろ?彼女じゃなくて友達の方が良かったのかな?ただ単に恥ずかしいだけなのかな?楽しいと思ってるのは私だけ?
もうわからない。夜に一人で考えてもらちが明かないから友達に電話を掛けた。

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「彼さ、手も繋いでくれないんだよね。私待ってるのに」
「あの子、すごい奥手よね」
「もう好きじゃなくなったのかな……」
「絶対それはないよ。毎日ウザいくらいのろけてくるから」
「え、嘘」
友達と彼は同じクラスで席も隣らしい。正直うらやましかった。
でも、今の友達の言葉でそんな気持ちは飛んでいき、体温が上がるのを感じた。
「どんな感じでのろけてるの?」
「昨日コンビニで買った白玉ぜんざい食べて嬉しそうな顔がかわいいとか、テニスの王子様の話してる時のキラキラした目にキュンとしたとか、あとね……」
「ストーップ!もういいよ。お腹いっぱい」
「え~、まだあるのに~」
それ以上に胸がいっぱいだった。
彼はどんな顔して話しているんだろう?楽しそうな笑顔なのかな?そんなこと考えるだけで幸せだった。
「あとね、いつ手繋いだらいいんだろって聞かれた」
彼も考えてくれていることに驚きを隠せなかった。
「それほんと?」
「うん。自分が手を繋ぎたくても、彼女が嫌だったらどうしようとか考えちゃうみたい」
「好きで付き合ってるんだから、いつでもいいのに~!」
目一杯の念力で彼にこの気持ちを伝えた。

◎          ◎

高校3年6月のその日は、明日に体育祭を控えていた。
「一緒に帰ろ」
「え、うん、いいよ」
いつもはLINEで送るくせに、今日はクラスまで来て誘われた。嬉しさと不思議が入り混じる。
彼は自転車を押し、私は歩く。いつもと変わらない日常なはずだが、彼の口が重い。さっきまで入り混じっていた感情は不安の一色になった。そんなとき、
「明日、俺さ」
別れ話じゃないことに安心した。
「うん」
「100mに出るんだ」
「うん」
「もし、俺が2位以内だったら花火大会、浴衣着て一緒に行こ」
拍子抜けした。いや、2位以内じゃなくても浴衣くらい着るし、そんな空気重くして言うことじゃないだろって突っ込みたかった。そんな彼の真面目さや、真剣な気持ちに可愛さを感じたので許すことにした。
「じゃあ、めっちゃ応援するね!」
「ありがとう!かっこいいところ見せないとね!」
今も十分カッコいいよ。この言葉は胸にしまっておいた。

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高校3年7月31日。彼が家まで迎えに来てくれた。インターホンに呼ばれ、履きなれない下駄に戸惑いながらドアを開けた。私を見た彼は地べたに座り込み、
「1位取ってよかった……」
「第一声それ~?」
「ごめん。ほんとに似合ってる」
「ありがと」
お互い目線をそらしながらも想いは一緒だったと思う。
「じゃあ、行こっか」
少し手汗のにじんだ大きな手が私の手を引いた。お互いの湿った手が繋がった一瞬時間が止まり、真空を歩いているようだった。

人ごみをかき分け進む中で、彼は私の手を離さなかった。彼の手を強く握ると、ギュッと返してくれた。やっと私の念力が届いたみたい。
それからは出店を回った。焼きそばや唐揚げ棒を食べ、祭りで食べる焼きそばが何でこんなにおいしいのかについて語った。
かき氷を賭け、スーパーボールすくいと射的で勝負し、見事に大敗。彼はブルーハワイ、私はいちご。前に彼はかき氷のシロップは色と香料が違うだけで、味は全部同じって教えてくれた。そのことを思い出していると、
「一口頂戴」
隣で口を開けている。こんなやり取り何回もしているはずなのに、今日は間接キスを意識してしまう。彼の口へイチゴ味を運ぶと、
「いちごもおいしいね」
味一緒なの知ってるくせに。

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時間は一瞬で過ぎてしまい、花火の時間が近づいてきた。
「もうすぐで花火だから場所取りしようか。俺、いい場所知ってるんだ」
彼はまた手を繋いでくれた。こんなことがやけに嬉しかった。
案内してくれた石の階段に座り、今か今かと待つ2人。理系の彼は、
「黄色の炎色反応ってナトリウムだよね」
「今、勉強の話は聞きたくありませーん」
この時間が永遠に続いたらいいのに。本気で考えていた。彼と過ごす1秒1秒が私にとって宝物だった。

何気ない会話を遮るように、空気を切り裂きながら空へ弾丸が飛んで行く。一瞬で闇夜が光に染まる。
夏の魔法の中で彼は私の名前を呼んだ。私の唇に甘いブルーハワイ味が広がった。