マッターホルンの麓町、ツェルマット。新婚旅行で訪れたその地へ、死ぬまでにもう一度行きたいと思っている。

お互いに山が好きだから、というシンプルな理由で行き先を決めた。私よりも登山の造詣が深い夫は、いつか行きたかったんだ、と目を輝かせていた。登山鉄道でゴルナーグラートまで行って、マッターホルンを眺めながら山下りしよう、とも。彼に影響されて登山だテント泊だと一緒に楽しむようになった私も、いいね、と賛成した。
観光地を求めてあちらこちら忙しなく移動するよりも、のんびりと町の雰囲気を楽しみたい。そう考えて設定した5泊6日の滞在期間は、しかし、まったくもって短すぎた。

◎          ◎

飛行機と鉄道を乗り継ぎ、ツェルマット駅へ。10月中旬の肌寒くも澄んだ空気。ぐるりと見回すと、山に囲まれていることがわかる。マッターホルンはまだ見えない。
まずは宿へ行こう。夫はGoogleマップを開き、経路を検索した。こっちみたい、とすぐに歩き出す。レストランや雑貨、土産物屋が並ぶメインストリートを進む。
木造ロッジ風の建物ばかりだ。そして窓には赤い花が植えられている。どの家も。日本ではない景観に辺りを見回すことがやめられない。まったく、観光客然としている。賑わう人々も、そういう感じばかりだけども。
奥の道へ入ると、途端に観光客がいなくなった。
「あの川を渡ったら、5分もしないで着くよ」
橋を渡ろうとして、我々は歩みを止めた。マッターホルンが、唐突に現れたのだ。
何と言えばいいものか、存在感の格が違った。
灰色の三角の山、でかい、雪で所々白い。幼稚な語彙がふたりの口から勝手にこぼれ落ちた。
ホテルは奮発して、マッターホルンの見える部屋を予約していた。これは大正解で、壁一面の大きな窓からその姿を望めた。ベッドに寝っ転がりながらこの景色を堪能できるなんて、なんという贅沢。
特に、朝焼けでマッターホルンが黄金に輝く様を観察できたのが良かった。刻一刻と色を変えるから全く飽きないし、一面染まると感動的だ。

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町を歩いても、ふと見上げればマッターホルン。良いなあ、ここに住みたい。いくらでも眺めていられる。そんなことを思いながら、ツェルマットの短い生活を全力で楽しんだ。
カフェ・デュポンというお店の絶品チーズフォンデュ。スーパーに山のように売っている、もれなく美味しいチーズとチョコ。日本ではあまり見かけないスイスワインも、好きな味だった。あと、ホテルの朝食で出たセロリのスープ。もう一度、味わいたい。
山下りもまたしたい。鉄道で登ったら4時間かけて町まで下るのだけど、標高に応じて景色ががらっと変わるからずっと楽しいのだ。

途中、リッフェルゼーという湖があり、そこは水面にマッターホルンが映り込む観光スポットになっている。我々が訪れたときは晴天だったものの、微風が吹いていた。それだけで湖面が揺れてしまい、完璧な鏡でなくなってしまう。それはそれで趣があるのだが、美しい鏡も見てみたい。

帰りの飛行機へ乗る直前。ツェルマットの雑貨屋でお迎えした、小さなハリネズミのぬいぐるみを取り出し眺めていた。このハリネズミ、鼻がとんがっていて、横から見るとマッターホルンみたいな形をしている。
「銀婚式くらいには、また来たいね」