謝ってくれたのは、あなただけだった。
だから私は腐らずここにいられる。
クソみたいなこんな世界で生きている。
高校3年生。ばぁちゃんに謝られた。

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努力は必ずしも報われるわけではないっていう社会の真理を知ったばかりの私は、大人たちが示す「幸せの道」に疑問を抱いていた。
例えば彼らが言う道に行ったとして、その後の道が保障されているのか。
未来なんて誰にもわからない。
こんな当たり前のことを私は高校生で知った。
親の言うことに反発してもいいのだということも。
私には選ぶ権利があるのだということも。

これまで反抗というものをしてこなかった私に両親は驚いていただろう。
何かの間違いだと、気まぐれだと、そう思っていただろう。
だから彼らは何もしなかった。
将来に悩んでいる、そんな私に対して、
「とりあえず大学に行きなさい」
その言葉だけを返した。
私にはそれ以外の道はないのだと言い聞かせるように。

私には2人の姉がいる。
そのうち下の方の姉は反抗心の塊だった。
専門学校を卒業し、就職をせず、夜遅く帰ってきては父親と喧嘩していた。
でもそんな姉のことは誰も何も言わなかった。
当たり前みたいに送り迎えをし、当たり前みたいに家に住まわせていた。
私は自転車通学だったのに。
将来について指定されていたのに。
自分と比べて自由に過ごしている姉に腹が立っていた。

自分がやっていることには何一つ意味なんてないんじゃないか。
そう思うようになっていった。
あんなに頑張ったのにだめだった部活。
あんなに自由に生きても何も言われない姉。
授業中にひっそり泣くこともあった。
サボって保健室に行くことも。早退することも。
でも親たちは何も知らない。友達も。
言ってないから当たり前だけど。

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早退した時、その日は家に帰れば姉がいることに気づき、祖父に迎えを頼んだ。
車で駅まで来てくれた。
「大丈夫か?」
体調のことだろう。
早退の理由はお腹が痛い、だったから。
それだけ聞いて祖父の家に連れていってくれた。
嘘だってバレバレなのに何も言われなかった。
家に着くと祖母がいた。
祖父は仕事に戻っていった。
祖母と2人きり。

「将来はどうするのー?」
のんびりとした様子で祖母が聞いてきた。
高校3年生の孫なのだから当然の質問だ。
始めは普通に用意された答えを出した。
〇〇大学に行ってー、こんな会社にー、みたいな。
言われてたやつ。決められてた道。当たり前の道。
でもその後、
「お姉ちゃんは最近どう?」
と聞かれ、変わらない姉のことを答えていくうちにぽつぽつとこぼれていって、ついには溢れた。
不満と妬みが。
どうして姉は許されているのに私だけ。
あんなに迷惑かけているのに。あんなに自分勝手なのに。
どうして、なんで、姉ばっかり。
何で私は許されないの。

ばーっと話した。
初めて人に話した。
言いたくなかったけど言わずにいれなかった。
涙目だったのはバレていたと思う。
でもばぁちゃんは私の涙に触れなかった。
ただ一言、
「ごめんね」
と言った。
ばぁちゃんが謝ることじゃない、と言う私に、
「それはシャチのお母さんが悪い。ばぁちゃんの娘がごめんね」
と彼女は続けた。

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何も解決はしていない。ただ、謝られただけ。
でも私は謝罪が欲しかったのだと思う。
何に対しての、と言われると難しいけれど、とりあえず謝罪が。
親とか、先生とか、姉とか、社会とかからの謝罪が。
でも誰も何も言わなかった。
苦しんでる私に気づかなかった。
悩んでる私を見ようともしなかった。
だけどばぁちゃんが謝ってくれた。
何も悪くないのに。何もしてないのに。
たった一言。「ごめんね」って。

気づいてもらったように感じた。
苦しんでいることに。悩んでいることに。
どうしようもなくてもがいていることに。
ばぁちゃんに他意はなかったのだろう。
ただ苦しんでいる孫に謝った。
それだけで私は救われた。
ばぁちゃんは気づいていない。

あの後ばぁちゃんがこの話に触れたことは一度もない。
忘れているだけかもしれない。
今更蒸し返すこともできないから、あの時のことは多分もう一生言えないだろう。
だからここで伝えます。

ばぁちゃん、あの時謝ってくれてありがとう。
あなたが謝ってくれたから、私にもまだ向き合ってくれる人がいるんだ、私を見てくれる人がいるんだ、って思えて楽になった。
本当に本当にありがとう。
あなたのおかげで私はまだ立てている。
あなたにはなんてことないあの一言で、私はこの世界に生きていられる。
ありがとう。
また帰った時は美味しいお土産を買っていくから待っててね。
孫より。