高校2年生の頃、信頼していた後輩に携帯電話を渡したら返却されなかった。

その子と私は、中学時代に同じ部活動に所属していた。スポーツ系であり、数ある部活動の中でも、指導が厳しかった。先輩との上下関係や、同い年からプレー中に浴びせられる言葉もキツかった。
本音を語り合える同級生は何人かいたが、当時は後輩とつるむ方が楽だった。中でも後輩3人とは、プライベートでも仲が良かった。
中学校卒業後は、同級生との仲は深まったが、後輩とは自然と疎遠になった。後輩の進路やその後を知ることもなかった。

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ある日突然、中学時代に仲の良かった後輩の1人から、電話が掛かってきた。
「今、先輩のお家の近くに来ています。入れてもらえませんか」

急だな、とは思ったが、招き入れた。まず驚いたのが、見た目だった。部活動を引退したのを機に、髪型、化粧、服装がガラッと変化していた。一気に「不良」と化していた。
なぜ私を訪ねて来たのか。当時、彼女には彼氏がいたこと、家出をしていること、携帯電話を所持しておらず困っていたことは覚えている。
「2、3日の間、先輩の携帯電話を貸してもらえませんか」と意味不明なお願いをされた。後輩の勢いに負けて「用事が済んだら、すぐに返しに来てよ」と言い、仕方なく携帯電話を渡した。
「ありがとうございます。必ず、返しにきます」と言ったあと、後輩はご機嫌で帰路に着いた。だが、約束の期日が来ても、後輩は携帯電話を返しに来なかった。

同級生に相談すると、「◯と仲良かった子たちは同じ高校だから、今から行ってみる?」と提案してくれた。校内を探すと、当時仲の良かった他の後輩と会うことができた。
「あの子に携帯電話を貸したんですか?絶対、返って来ませんよ」「私たちも、中学時代はその子に合わせていました。あの子の本性は分かっていました。信用したら駄目ですよ」「先輩の携帯電話の連絡先に入っている人に、連絡している可能性もありますよ」と注意された。

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とても混乱した。まず、いつどのような形で、携帯電話内の個人情報や連絡先が悪用されるか分からない。急いで携帯電話会社に連絡して、他人が携帯電話を操作できないように処理してもらった。次に、警察に被害を相談し、携帯電話を盗った後輩の親に連絡をした。
高校生で警察に行くこと、被害を受けた話をすることに、最初は抵抗があった。後輩の母親とは連絡が取れたが、「あの子は、家を出たまま帰ってきません。だから、今どこにいて、何をしているか分かりません。あの子が何かをしても、私には関係ありません。これ以上、私に連絡して来ないで下さい」と、他人事のような口調だった。
「こんな親だから、親元を離れて弾けてしまうんだ」
妙に、後輩に同情さえしてしまった。
結局、警察もこれ以上は何もできない、といった対応だったため、携帯電話の返却は諦めざるを得なかった。後輩が私の前に現れることも、謝罪も一切なかった。

警察沙汰にまでなった、一連の被害。担任の先生にも相談したが、「いい加減、勉強に集中しなさい。もうあなたの携帯電話は返ってこないんだから。今、あなたは受験生。やるべきことは、進路に向き合うこと、勉強することだよ」と怒られる始末だった。
先生としては正しいことを言っているが、信頼はできなくなった。

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あれから10年以上の時が過ぎた。
携帯電話が返却されなかった虚しさ。後輩に騙されて裏切られた悲しみ。後輩の母親や担任の先生の、被害者に寄り添わない態度への怒り。簡単に物を貸してしまった自責の念。当時の様々な感情は、薄まりつつある。

だが、「他人を簡単には信用してはいけない」と気付いたあの日から、疑い深くなってしまった。自分の身は自分で守るしかないのだ。
長い人生を歩んでいれば、時が解決してくれることはある。そう考えると、少しは生きやすくなるのではないか。