「木戸ちゃんさ、女の子なんだからさ、もうちょっと可愛らしい態度取ったらどうなの?」
秋葉原の肉寿司屋の前で、先輩はそんなことを言う。
それは、私が先輩の日本酒をつがなかったから。
「なんで先輩の理想の可愛げにあわせなきゃならないんですか?」
その日以来、先輩とは会っていない。

後輩想いの「良い」先輩だと、本当は少しときめいていたかもしれない

先輩は、1個上の違う学部の先輩。サークルが同じだった。
その日は、コロナ禍になってから会うのは初めてだった。
コロナの只中に社会人になった先輩はリモートワークが多く、私の代がやっていたオンライン飲み会にも頻繁に参加してくれていた。
サークル時代も結構話す間柄で、というのも先輩はほぼ毎日部室にいたから、部室に顔を出したら、先輩も含めて話すことが多かったというだけの話。
二人きりで話したり、どこかにでかけたことはなかった。
サークルの飲み会も行っていたけど、20人くらいの飲み会でいつも話すような間柄ではなかった。

コロナ禍のオンライン飲み会は、はじめは20人くらい参加していたけれど、そのうち人数も減ってきた。メンバーが3、4人になっても先輩は来てくれていた。部室でのやりとりから、先輩が後輩想いの「良い」先輩だなあと思っていた。
私が緊急事態宣言が明けてバイトに行った夜。
初めてオンライン飲み会にいなかった私に、先輩からLINEが来ていた。
「今日は来ないの?」
夜20時ではあったけど、久しぶりのバイトで疲れたので、
「今日はやめとこうと思います!」
と送信。
朝、「木戸ちゃんと話せないの寂しいから今度は来てね」とあった。
悪い気はしなかった。いつも穏やかな先輩が、「寂しい」と思う時もあるんだなあと思った程度。
……訂正。少しときめいていたかもしれない。

弱っていた時に先輩から食事の誘い。初めての二人飲みにドキドキ

それから、ほぼ毎日LINEを送り返す仲になっていた。
オンライン飲み会のある金曜日以外に、たまに電話もするようになった。
大学職員になった先輩は、新しい1年生の子がまだ学校に来れてないのが心配と言いつつ、
「俺は1年生なのにたまに行かなくちゃいけないんだよ、ちょっとおかしいよな」
と言っていた。
先輩と会わなくなった、そのきっかけの日は、11月。私が卒論で追い詰められている頃だった。
「今、卒論がちょっと辛くて、もうできない気がするんですよね笑」
そんなことを送った。18時過ぎに先輩から返信がきた。
「居酒屋も営業再開してきてるし木戸ちゃん食べたいものある?連れてくよ」
先輩と私の中間地点にある秋葉原で待ち合わせをした。自宅より職場からの方が近いということで、平日、先輩の仕事終わり。
これが初めての二人飲み。
少しドキドキしていたかもしれない。弱っていた頃に頼れる人がいるのがありがたかった。

酌をした私「ちゃんと」「えらいね」と喜ぶ先輩に感じる違和感

きっかけは3杯目のおかわり。
炙り肉寿司に合うものをということで、先輩が日本酒を頼んだ。
とっくりに、おちょこは2つ。
店員さんが持ってきたとっくりを私の前に置いた。
私は自分のおちょこに自分の分を入れて、先輩のも入れた。
「木戸ちゃんも可愛げのあること、ちゃんとできるんだね~~~。えらいね」
……え?「ちゃんと」ってなんですか……?
もやっとした。だから、次におちょこに菊正宗を入れたとき、先輩の前にとっくりをおいた。
それを、先輩の前に置き直したときだった。
先輩は、私が1杯目の日本酒を注いだ時と同じ口調で言った。
「木戸ちゃんさ、女の子なんだからさ、もうちょっと可愛らしい態度取ったらどうなの?」
なんで、女の子は可愛い態度を取らなければいけないんだ……?
女の子だと、可愛げのあることを「ちゃんと」出来ないといけないらしい。
「なんででしょうね?」
「木戸ちゃんさ、モテないでしょ。可愛げがないとモテないよ」
冷めた。いや、目が覚めた?なんでそんなこと言われなきゃならないの??

それから連絡を取っていない。
同期に聞くと、せっかく奢ってやったのに、可愛げがなかったと言われているらしい。
先輩。「ちゃんとした可愛げ」のために、私、酌はしません。
失礼だと思うけど、「ちゃんとした可愛げ」を押し付けるなら私は失礼な女でいいです。