私が「ありがとう」を伝えたいのは、高校生時代のあの人。
私を引っ張って助けてくれた、名前も顔も覚えていないあの人。

ある日の学校の帰り道のことだった。
私は学校から駅までの道を何人かで歩いていた。
メンバーは特に決まっていたわけではなく、クラスも男女も関係なく、とにかく帰る時間が一緒だったからという理由だったと思う。
そんなごちゃまぜのメンバーでなんとなく集まって、なんとなく一緒に歩いていた。
話の内容もたわいないもので、今日は先生の話が長かっただの、アニメの話だの、くだらない話ばかりしていた。
でもそれがなんだか楽しかった。

◎          ◎

そして、ちょっとした事件が起こったのは、私たちが青信号の横断歩道を渡り終えようとした時のことだった。
赤信号にも関わらず、けたたましくクラクションを鳴らしながら私たちの渡っている横断歩道に突っ込んで来ようとする2台のバイク。
一緒にいた他の人たちは、慌てて横断歩道を渡り終えた。
でも、私はなぜかその時、その場に立ち尽くしてしまったのである。

友達たちは皆、私に早く渡るように呼びかけてくれていた。
それでも私はなぜか、本当になぜかわからないけど動くことができなかった。
早く早くと私に呼びかける声と、クラクションとバイクのエンジンが鳴る音がどこか遠くの方から聞こえるような感覚だった。
突然の非日常な出来事に頭が真っ白になっていた。
動けずに、呼びかけてくれている友達たちを見つめることしかできない私。
それでも2台のバイクはスピードを落とすことなく迫ってくる。

その時だった。
既に横断歩道を渡り終え、私に呼びかけてくれていた男子生徒の1人が、私の手を引っ張ってくれたのである。
彼は私を安全なところまで連れていってくれた。
そのおかげで私は怪我をすることなく、無事だった。
渡り終えたと同時に、2台のバイクは赤信号にも関わらず、猛烈な勢いで過ぎ去ったことを覚えている。

◎          ◎

私はその後のことをあまりよく覚えていない。
それに一番大事なことを私は忘れてしまっている。
それは、助けてくれた男の子が誰であったのか、そしてきちんとお礼を言えたのかということだ。
実はというと、周りのメンバーが誰であったかもあまりよく覚えていない。
だから、あの時の彼を探そうと思っても難しいのである。
お礼を言いたいのに。

あの時、もしあの人が助けてくれなかったら、私は事故に遭っていたかもしれない。
バイクは猛スピードだった。
ぶつかっていたら、きっとただでは済まなかったはずだ。
でも誰にお礼を言えばいいのかわからない。
だから私はこのエッセイを書くことにした。
他力本願だけど、自分の記憶に留めたまま何もしないよりかはマシだと思っている。
もし、あの時のことを覚えている誰かがこのエッセイを読んで、あの人に伝えてくれたら。

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最後に、あの時、呆然と立ちすくんでいた私の手をとって安全なところまで連れていってくれてありがとう。
私はあなたのおかげで事故に遭うこともなく元気に、そして幸せに暮らしています。
私に呼びかけてくれていた友達たちにもお礼を言いたい。
本当にありがとう。

もしまたどこかで会えたら、その時はまたくだらない話でもしたいです。
本当に、本当にありがとう。