「シスターフッド」という言葉を聞くと、私はある一つの場所を思い出す。
思い出すといっても、それは遠い昔に行った場所ではない。私はその場所に、つい半年前まで住んでいた。

それは、東京のど真ん中、永田町に佇む、小さなビルの3階にある、女性限定のシェアハウス。こんなところに本当に人が住んでいるのか不安になるような場所に建つ、およそ人間の居住空間とは思えない外観のビルの3階の、そのドアを開けると、真っ白な内装の、これぞ女子のための部屋!という感じの、空間が広がっている。
私はそのシェアハウスに、ちょうど半年間住んでいた。たった半年、と思うが、今振り返ってみると、それはとても幸福で、かけがえのない半年間だったと思う。

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まず、そのシェアハウスは場所が特別だった。皇居まで歩いて5分、国会議事堂までは10分。30分も歩けば、丸の内エリア、そして東京駅にたどり着く。銀座や青山も近いし、電車に乗れば、都内ならどこへだって30分で行けた。

私は決して、そのシェアハウスの立地のよさをここでアピールしたいわけではない。でも、歴史が息づき、文化が発信され、自然があふれる世界都市東京の(私はいつも、東京がロンドンやニューヨークといった世界都市と名を連ねる都市であることを忘れてしまう)、異なる魅力を一気に感じることのできる場所に住んでいると、その土地のパワーを感じることはよくあった。

実際、私は東京駅までよく歩いて行った(皇居ランの合間に東京駅に寄ることもよくあった)。品のよいお店が立ち並び、人々がレストランのテラス席で楽しそうにおしゃべりに花を咲かせ、手入れの行き届いたお花や、クリスマスの時期であればイルミネーションに彩られた道を歩いているだけで、心が弾んだ。
シェアハウスから、丸の内のあたりまでふらっと歩いていくたびに、私は、江國香織の小説に出てくるシーンを眺めているような、彼女の小説の登場人物になったような、そんな気がしたものだ。

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しかしもちろん、私のこのシェアハウスへの想いを特別にするのは、その場所の特別感だけではない。そこで一緒に暮らした住人たちこそが、私のたった半年間の家を「ホーム」にしてくれた人たちであり、彼女たちこそが、私にシスターフッドを感じさせてくれた存在なのだ。

時には夜のスーパーマーケットまで歩き、戦利品の成城石井の割引シールのついた甘いドーナツを頬張りながら、時には丸の内の美術館で印象派を鑑賞しながら(帰りは大戸屋とカラオケに寄った)、時には深夜のキッチンで、また時には週末の昼間、明るくて暖房のきいたリビングでメイクを教えてもらいながら、私たちはいろいろな話をした。
(なぜかいつもうまくいかない)恋愛の話、その原因になっているかもしれない幼少期の家族との関係、上司の愚痴、仕事で楽しかったこと、などなど。

生まれ育った場所も、家庭環境も、何もかもが異なる私たちは、ただなんとなくそのシェアハウスに惹かれ、限られた時間ではあったけれど、寝食を共にした。落ち込んだり、悩んだりしたことも、家に帰って彼女たちと話したら、心が軽くなって、笑うことができた。

冬の夜、キッチンでいきなりダンスの練習が始まったこともあった。ダンスをしたからか、はたまた笑い転げたからか、体がぽかぽかになってベッドにもぐりこんだあの夜は、本当に幸福だった。
平日の夕方、ルームメイトとリビングでテレビを見ていたら、麻婆豆腐で有名なお店が紹介されているのを見て、2人とも、無性に麻婆豆腐(それもとびきり辛いの)を食べたくなり、赤坂見附まで歩いて買いに行ったこともあった。その頃はちょうど転職活動で悩んでいたから、その話をしながら夜の道を歩いた。

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彼女たちも私も、ある者はシェアハウスを出たり、ある者は海外に移住したりして、今は皆バラバラに暮らしている。
それでも、あの年の秋から冬、そして新しい春を迎える頃を共に過ごした彼女たちとは、いつもどこかで繋がっている気がするし、いつかどこかでまた会えるんじゃないか、そんな気がしている。