私のアクセサリーケースは母から譲り受けたものだ。黒塗りだがどうやら木製で、ガラスがはめ込んであるので、開けなくても中身が見える。
中には、祖母からもらった毛皮のブローチや指輪、イヤリングが数点とバレッタがある。その奥にある箱の中には、細身のダイヤのネックレスがある。百貨店の宝石コーナーで購入した。初めての大きな買い物にドキドキしたものである。

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母と共用の棚に入っている真珠のネックレスとイヤリングは実質私のもので、母も私が家を出る時に持たせるつもりでいてくれているらしい。
服は古着屋で選んだものか、学生時代から使っているものがほとんどだ。祖父や祖母や母からのお古は、特別な時にだけ使っている。しかし不思議なことに、普段着も結構褒められる。

収納は、母が小さい頃からあるという本棚を使っている。ペンキは母の指導の元、塗り替えた。塗りムラも味と捉えれば悪くない。

衣類箪笥は新しくて、私が小学生の時に購入したもの。もう使って20年経つが、これは我が家の家具にしては新しい。
私が今使っているベッドは、祖母が使っていたが、祖母が亡くなった後は弟のところへ行き、その後弟が、引っ越し先にはベッドはあるからと置いて行ったので、私のものになった。今のところ祖母の幽霊は見ていないし、このベッドにしてから祖母が夢に出てきたことはない。

小物を入れておくのは、祖母が編んだ籐のカゴ。雑多に入れてもなんとなく決まる。手紙ケースと裁縫箱はお菓子の缶で、化粧品ケースは祖父が昔バレンタインにくれた、植物で編まれたお菓子のカゴ。
白とピンクを基調にし、木製品を中心に揃えた部屋を私は気に入っている。だから雑貨はほとんど買っていない。

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よく友人から「どうやって節約しているの?」と聞かれる。アルバイトで手取り収入は10万円ほど。月に2万円を払って実家で暮らす私は、毎月5万円以上を貯金している。そこまでのことは知らなくても、アルバイトをしながらゆったり暮らす私は、忙しく働いてその分お金をたくさん使って暮らす皆からしたら不思議なのかもしれない。

お小遣い帳をつけてみたら、近くであったイベントと、薬局での必需品の買い物と、本の購入くらいでしかお金を使っていなかった。家にある物ですっかり満足できるようになって久しいが、倹約家のサラブレッドを自負する私は、何も買っていない。この月は特に出費が少なかったようだ。
趣味は読書とかがみよかがみで、本もほとんど図書館で借りてくるから、お金がかからない。

布製品なら、ボタン付けはもちろん、破れたところも縫い直したり、染め直したりして長く使う。「いい鞄だね」と言われたので、「コーヒーかすで染めたんだよ」と言ったら驚かれた。手間は多少かかるものの、難しいことは何もない。

外食に行くなら、昔ながらの喫茶店か、シェフがいるようなお店。その代わり頻度は月に一回か二回と少ない。買い物も外食も、一回一回の出費は多めに、頻度を少なくしているので、高い物を買っても結果安上がりなのだ。まぁ昔ながらの喫茶店は、居心地がいいのにリーズナブルなんだけど。

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その物を見ているだけでいい気分になれば、買い替えようとは思わない。流行を気にしていたら、そうもいかなくなるかもしれないけれど、私はそういうものには無頓着だ。

そんな人間ばかりになったら困るのは社会だ。だから経済が衰退するとかなんとか言って、消費を促す。あの手この手といろんな方向から攻めてくる。それが楽しいならいいけれど、私は楽しくなかったからやめた。

買うのは楽しい。脳内物質が分泌されるのかもしれない。麻薬的な楽しさがあると言っても過言ではない。でも、すぐ後悔する。最近の買い物が、これはいらなかったよなと思うものばかりなのは、今あるもので満足しているからだろう。

あれが欲しいと思うものを、ひとつ手に入れてからだろうか。物欲がすっかり落ち着いてしまった。他の物も手入れして使い続けているからか、手放そうとは思えない。ずっと一緒にいると、愛着も湧くものだ。それをむやみに増やす気にもなれない。
大事なものは、ほんの少しだけでいい。それをいつまでも大事にしよう。その方が幸せなんだと気がついた。そしてきっとそれは、何についても言えることだ。