大人になったら、今の自分から変われると思っていた。
大人になったら、要領よくできるようになる。
大人になったら、泣かなくなる。
大人になったら、人前に出ても緊張しなくなる。
大人になったら、今上手くいかないことも全部大丈夫になる。
何通りもの大人になったら……を考えてきたが、私はもう、年齢だけ見れば、大人と呼ばれる年齢になってしまった。何通りもの大人像を描いていたのに、ここにいるのは、子供の頃と変わらない私である。それでも、日々頑張っている。

大人なら、何でもできると思っていた子供の頃。
今思えば、大人も日々悩んだり苦しんだり、葛藤したりしながら過ごしているとわかる。あの頃私が見ていた大人も、頑張っていたのだろうと思える。
そんな姿を見せていなかっただけ、あるいは、私が気づかなかっただけで。

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私は、幼稚園の頃から、引っ込み思案な性格で、環境に慣れるまでに時間がかかっていた。始めの頃は行きたくなくて、泣いていたこともたくさんあったらしい。小学校の授業で、自分の生まれた時のことや、幼い頃のことを調べる学習の際、母親に聞くと、そう言われたことがある。

小学校から今に至るまで、4月の新学期は、毎年不安でいっぱいだった。友達ができるかな、クラスに馴染めるかな、どんな先生なのかな、などと考えても仕方のないことばかり考えていた。
人前で発表するのも苦手だった。自分から挙手して発表するなんてほとんどなかったと思う。だから、今ならその先生の気持ちも多少は分かるが、なるべくみんなに発表の機会を作ろうと、日付やビンゴカードで発表者を決めようとする先生が嫌だった。人前で話すのが嫌だったから、日直で前に出なければいけない日は憂鬱だった。

このように、前に出ることがまだ苦手だったので、みんなの前で授業をしながら時々雑談を挟んでいる先生や、生徒会や部長などみんなの先頭に立ち引っ張っていく役職に進んで立候補する同級生をすごいと思っていた。

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今でも職場や外出先で、自分より年上の人を見て、あの対応の仕方いいな、さりげない気遣いだななど、私もあの人と同じくらいの年齢になったら、あの人と同じくらい経験を積んだら、そんなふうになれるのだろうかと思うことがある。
だが、今は子供の頃のように漠然とではない。どうしたら少しでも近づけるのかな、と考えている。
苦手なものは苦手だし、嫌なことは嫌だけど、やってみないと分からないことだって今の私は知っている。経験を積んでいくことで、慣れてスムーズにできるかもしれない。

働き始めた今は、できなくて悔しくて涙が溢れる日もある。年上の人と話すことが多い毎日や、慣れない作業は緊張でドキドキだし、大丈夫だと思えない日だってある。本当にこれからやっていけるのかと思う日も、向いてなかったかもしれないと思うこともある。
だけど、内心は緊張や不安でいっぱいであっても、何でもない顔をして、大人を演じていきたい。きっと、私から見たら完璧な大人も、頑張っているのだと時を経て気づいたから。