私の部屋の片隅、在宅勤務中のオンライン会議のときなんかに使っているテーブルの下には、大きな紙袋にいっぱいのCDが詰め込まれている。入りきらないぶんはその隣の段ボール箱に入れた。
すべて同じ人が歌っている、同じ曲のCDだ。同居家族に見つかる前に処分してしまいたいと思いつつ、なんとなく手放せないでいる。自分の努力の結晶のようにも思えるからだ。
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30歳を目前に控えてもなおアイドルを追いかけ続けていることに関しては、世間の「オタク」に対する受容度が高まってきていることもあって、自己嫌悪する機会はほとんどなくなった。
それでももう、20代前半のころみたいに持っているリソースのほとんどをつぎ込んだりはしない。あくまでも趣味のひとつとして、無理やリスクのない範囲で、マイペースに楽しもう。少し前までは確かにそう思っていたし、それを実践できていた。
気づいたときにはCDを予約していた。1枚や2枚という単位ではなかった。CDショップのオンライン販売サイトにカード番号を入力して決済するたび、脳内麻薬が出ているんじゃないかと思うほどの高揚感に包まれた。
発売日に届いた大量のCDを見ても満足できず、CDショップに行って買い足した。腕にくっきり痕がつくほど重たい紙袋を持ち帰り、ひとつひとつビニールを開封して特典応募券を抜き取っていく。内職をしている気分だった。1円も稼げないどころか、お金を払っている内職だ。
同じCDを大量に買い集める理由のすべては、この特典応募券にあった。アイドルはたいていCDのリリース時に特典イベントを行う。今回の特典内容は、推しとテレビ電話ができるというものだった。
当選者は決して多くない。1枚で1口応募できるため、買えば買うほど当選率は上がる。当たる自信はなかった。応募券を使い果たしても不安で、また買い足す。部屋にはCDが積み上がっていく。
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当選したからといって、手に入れられる通話時間はごくわずかだ。ごくわずかでも推しの時間が欲しかった。必死だった。
当選発表前は食事が喉を通らなかったし、当選したことがわかったあとも心臓がばくばく鳴っていた。ごく限られた人だけが見られるSNSのアカウントに「当たった」と投稿したら、フォロワーから「おめでとうございます!」というリプライが来て、ようやく実感が湧いてきた。やりきった、と思った。
後悔はしていない。自分で稼いだお金を自分の好きなように使って何が悪いんだ、と思う。
それでも費やした金額のことはなるべく考えたくなかったし、誰にも知られたくないと思った。CDの物理的な山が目に入ると嫌でも意識してしまうから、紙袋に詰め込んで、上から見えないように袋で覆って、机の下に押し込んだ。私は私の目から、大量のCDを隠した。
アイドルの応援はいつまで続けられるだろう、と考える。他にもっと楽しいことを見つけて自然と離れるのが先か、自己嫌悪につぶされて逃げ出したくなるのが先か。
ひとまず今のところは、ほんのり付きまとってくる後ろめたい気持ちにはふたをして、楽しいことだけを考えながら生き抜こうと思っている。