「青春」とは何か、思い浮かぶとしたらどんなことを思い浮かべるだろう。
私は、学生だと思う。
学生でも中学生なのかもしれない、高校生かもしれない、大学生かもしれない。

特に、高校生といえば、制服を最後に着れる3年間。
ドラマなどで見るように「青春」を私も送るはずだった。
――はず。
そう、お察しの通りで、そんなキラキラ青春を送ってはいない。

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既にエッセイにも投稿しているが、私にとって高校時代は暗黒で当時の辛さを思い出すだけで急に泣いたり、息が苦しくなったりするほど闇深い高校生活を送っていた。
でも、苦しい思いをしてまでも私は「孤独」と戦おうと、勇気を持って過ごした。

今思うと馬鹿馬鹿しいのだが、同じクラスにいる女達に無視されたり、会話に入れなかったり、私だけ会う約束をしないで撮影したプリクラを携帯に貼っているところを私が見える場所に見せつけたりと、挙げたらキリがないし、よく人にそんな意地悪できるよなと逆に感心してしまうぐらい。

まあ、当時は精神年齢低いことをしているなと思いつつも、生きづらいのは変わりはない。
高校生にとってのコミュニティは「学校」という狭い社会の「クラス」というカゴにある。
既にグループが確立され、グループ移動すると受け入れてくれたらいいものの、時期が過ぎてしまうと難しいのだ。

なので、グループ移動しようと思わなかったし、したところでグループにいたいことに固執するのは違うと思ったし、だからと言ってそのグループでうまくやらなきゃと思っていても、自分が必死になるのは違うと考え抜いた。

本当はただただ友達と話して楽しく笑って過ごしたかったけど、決心をした。
当時は高校2年で来年クラス替えもあるし、高校卒業すればきっと会わなくなる。
先生に相談してもグループの女達に肩を持つ言動をされ、そこで「教師」という存在に信頼をなくすのだが(これはいつか機会があれば)、それまでの辛抱だと言い聞かせた。
覚悟を決めて自分を奮い立たせ私は、クラスで1人でいることを選んだ。

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しかし、勇気を出して選択しても辛い気持ちになった。
時間が経つことを求めても、急に時間が進むことなんてない。
卒業なんてほど遠いし、進級もまだまだ先。

教室移動を1人で回るのも慣れたけど、周りは友達と昨日見たテレビの話や好きなアイドルの話をしながら盛り上がっているのに、私だって話したいのに話せない。
そんな環境に押しつぶされ、だんだん部活も出れなくなりゆっくり地元に帰って、「今日も学校で笑えなかった」と書く日記。

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当時のことを思い出しながら書くと、当時の自分を抱きしめてあげたくなる。
だけど、精神的にも人間関係構築に関して一歩引いて見ることと、自分の意思を持つことの大切さに気づけたことで、楽しい大学生活・社会人になって今でも仲良くしてくれる友人のおかげでようやく立ち直ることもできたし、精神的に強くいられるのは勇気を出したこと。

決心した気持ちがなければ、もっと落ち込んでいたかもしれない。
当時いたグループの女達の会話や行動に必死についていたのかもしれない。
たらればを語ればどんどん浮かんでいくが、わかることがある。
勇気の使い方や、自分の気持ちや行動で未来が変わる。

勇気を出すことはポジティブに進むだけではなく、ネガティブな方向にいってもいつかはポジティブな方に進められる。

私の勇気の思い出は、もしかしたら重いと思う。
久しぶりに思い返すと、自分でも重過ぎて誰にも話したくないけど。
だけど、辛いことを経験したからこそ、それ以上の気づきや楽しさを経験できたし、今もできているから勇気を出して決断してよかった。
「勇気」って簡単のようで難しい行動手段。

次の私はどんな「勇気の思い出」になるのだろう?