秋が近づき、空気は凛と澄んで吹く風も少し冷たく感じる。
この季節になると呼び覚まされる記憶がある。忘れもしない2016年9月25日、「20歳になったら、一緒に消えちゃおっか」と呟いて、いたずらっぽく笑った彼女の顔だ。

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彼女の名前はあっちゃん。彼女に初めて出会ったのは高校1年生の時。クラスも部活も別々だったけど、小さなきっかけで話すようになり、気がついたら休み時間や放課後もずっと一緒にいるような親友になった。いつもニコニコしていて程よく適当な性格で、あっちゃんと一緒にいると楽しかった。

大学入試を控えた高校3年生の秋、「大人になったら終わりじゃない?」と、あっちゃんが呟いた。私はその言葉を聞いて心底びっくりした。私も常日頃から同じことを考えていたからだ。

私は、大人になるのが怖かった。愛読していた少女漫画の主人公が、部活に汗を流したり、友人や彼氏に囲まれて泣いたり笑ったりしながら学生生活を謳歌しているのを見て、青春時代を超える楽しい時間は人生にないと思っていた。
こんな話をしても「そんなことないよ!」と言われるだけだから誰にも言わなかった。だから、あっちゃんが同じ気持ちでいたことに私はとても驚いたし、嬉しかった。その日から私たちは放課後、「大人になんてなりたくないね」と話すようになった。

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高校生活最後の夏休みが明けてから、半月ほど過ぎた秋晴れの日、「卒業して本土に行ったらあっちゃんともこんな風に会えなくなるし、ずっとこのままでいたいな」と呟いた。するとあっちゃんは「じゃあさ、20歳になったら一緒に消えちゃおっか」と言った。
びっくりして「えぇ、どうやって?」と尋ねた。すると「簡単だよ、この世からいなくなるのなんか」と彼女は笑った。私は、本気か冗談か分からない突然の彼女の言葉に戸惑いつつも「じゃあ一緒にね」と笑った。

その後、私たちは無事にそれぞれの志望大学に合格し、高校を卒業して地元を離れた。大学に入ってからも、あっちゃんとは時々会うような仲だった。大学卒業を間近に控えた2月、あっちゃんから「遊ぼうよ」と連絡が来たので、ふたりでお茶をした。
当時、彼女には長く付き合っている彼氏もいて、幸せそうだった。春からは公共施設の栄養士をすると言っていた。「もうすぐあんなに嫌がってた大人になっちゃうね」と、いつもと変わらない笑顔であっちゃんは言った。

社会人1年目の夏。あっちゃんの誕生日が7月1日だったので、当日「おめでとう」とLINEを送った。社会人になって、初めてのやりとりだった。
「ありがとう。夏は地元に帰る?帰るなら時期を合わせたいな」と返事が来た。当時の私は仕事が忙しく、まとまった休みもとれなかったので、「今年は帰れなさそう」と伝えた。
翌朝、あっちゃんから「それなら私も帰るの辞めようかな。また東京で遊ぼう!」とLINEが来ていたので、「じゃあ、また連絡取り合おう」と返して、やりとりは終わった。

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それから忙しくしているうちに夏が過ぎ、秋が顔を出し始めた9月25日のことだった。
そろそろ長袖出さないと寒いな、と思いながら仕事から帰宅した23時頃、携帯が鳴った。
高校時代の友達からのLINEで、「あっちゃんのこと、聞いてる?」という内容だった。「ううん、何も聞いてないけどどうしたの?」と返すと、目を疑うような文章が飛び込んできた。

「……あっちゃん、亡くなったらしい」

その後、あっちゃんに何度も電話をかけたのを覚えている。でも、何度かけても出なかった。「あっちゃん」と一言LINEもした。だけど、そのメッセージには、未だに既読がついていない。

後で聞いた話によると、あっちゃんは同居していたお兄さんの留守中に自宅で亡くなっていたらしい。
大変不謹慎なのだが、私は信じられない気持ちのまま、心のどこかで「あぁ、やっぱりな」と思った。だって「一緒に消えちゃおっか」って言ってたから。当時はかなり落ち込んで、一緒に地元に帰れなかったことをとても後悔した。

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あっちゃんの気持ちを考えながら、一緒に過ごした日々のことを思い出すと涙が出そうになる。だけど、私の名前を呼ぶ彼女の声も、まだ思い出せる。彼女とした最後のLINEのやりとりも、携帯にまだ残っている。
目を閉じると、いつでもあの笑顔に会える。毎年9月25日になると、永遠に23歳のままの彼女に心の中で話しかける。
「20歳になったら一緒に、って約束をしたのにひとりにしてごめんね。いつまでも心の中で生きていてね。大好きだよ」

そんな私は、来年30歳になる。