私は休んでいる時間が怖かった。
学校や仕事に週5で行き、2日休みがある生活は別に怖くもなんともない。仕事や学校を5日間頑張り、2日休むことは5日間の頑張りを労り、次の5日間頑張るための休息時間だからだ。
でも、長期休みは違う。私は長期休みになると不安にかられてしまう。
初めてそう感じたのは大学1年生の時だった。

初めての大学生活、慣れないまま前期を終え、夏休みを迎えた。高校生までは夏休みの宿題がドンと出され、宿題に追われた。さらに夏休み期間中に塾の夏期講習に行ったりピアノの発表会があったりで、平日とは違った忙しさがあった。だから長期休みも充実した生活を送っていた。

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しかし、大学1年生の夏休みは違った。宿題がほぼないのに長期休みが2ヶ月近くもある。
普通これほどの期間を休めることは喜ばしいことだと思う。でも私は違った。
この休み期間中、一体何をして生活すればいいの?こんなに休んでいて大丈夫?堕落した生活を送って社会から必要ない人間と見なされるのでは?不安でいっぱいになった。
結局、私は大学1年生の夏休みを楽しめなかった。長期休みにただただ混乱し、どうしていいかわからないまま2ヶ月間を過ごしてしまった。
大学2年生から4年生までの夏休みは実習があったり、バイトを入れたりで、長期休みが怖いと感じることはなかった。

社会人になり、学生の頃のような長期休みはなくなる。
もう休んでいる時間、長期休みが怖いと感じることはないと思っていた。

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社会人1年目は、忙しかった。朝7時前に家を出て、夜9時に帰る。持ち帰りの仕事が多く、平日の夜中も土日も家で仕事をした。働いて働いて働いて、身体を壊しても無理無理仕事に行く日々で、休むことが怖いなんて思う時間すらなかった。

でも、休めないことは辛かった。身体を壊してもなお、仕事に行かなければならない。身を粉にして働くことに限界を感じた。
そして就職して1年。3月いっぱいで退職した。1年耐えた。やっと身体を休める。仕事は学校の講師登録をしたから4月から仕事を減らして働くぞと思っていた。

しかし現実は甘くなかった。講師登録をしたが、人数が足りていると私はどこの職場にも配属されなかった。私は必要なかった。
私は無職になったのだ。

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想定外だった。少し身体を休めたいと思っただけなのに、突然終わりの見えない休みが訪れた。
求人サイトで仕事を探し、学生の頃バイトでお世話になったところに連絡したが、なかなか仕事は見つからなかった。教育委員会からは、講師登録してあるので、休職した先生の代わりに入ってもらうことになるからそれまで待つように言われた。

休職した先生の代わり?いつになるかの予想が全くできない。しかも、待つということは他の仕事を始めることもできなくなった。
終わりの見えない長期休みの始まりだった。皆が働いている時間に家にいる自分。社会から阻害された気分だった。私は必要とされていない。気持ちがどんどん落ちていった。
そしてパソコンを開いてぼんやりする時間が増えた。堕落した自分にうんざりした。

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そんな時、パソコン内の広告が目に入った。イラストコンテストだった。時間を持て余していたので、久々に好きだった絵を描いて応募した。
時間がないからとやめていた絵を描く作業は楽しかった。別のイラストコンテストにも応募してみよう。そういえばメッセージのコンテストも載ってたから応募してみよう。

気づけば私はあらゆるコンテストに応募していた。結果は落選ばかりだったが、いろんな作品を応募するうちに小さな賞をもらうようになった。

認められた。その快感が私の休みへのイメージを変えた。
休み期間中にさまざまなコンテストに応募できる。それも、好きなことばかりできる。それに、認めてもらうことだってある。好きなことをして認めてもらえるなんて、なんていいことだ!

私は長期休みが怖くなくなっていた。それどころか、休みがあることで好きなことができ、自分の輝ける場所や時間を見つけられた。
私の休みは充実していて最高だ。