大学生の頃、カフェのキッチンでアルバイトを始めた。志望理由は、接客したくないから。そんな人見知り全開な動機で始めた仕事は、想像以上に過酷で、想像以上に自分に合っていた。
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当時日本では、空前のパンケーキブームが巻き起こっていた。
どこもかしこもパンケーキ。ホットケーキじゃなくてパンケーキ。理由は知らないが、とにかく流行っていた。
偶然にも、パンケーキはアルバイト先の店の看板メニューだった。店には毎日長い列ができて、お客さんは皆こぞってパンケーキを注文した。
私はどうやらセンスがあったようで、いつしかスタッフ内でパンケーキ担当みたいになっていた。センスがあったというか、あれだけの量を作っていたら嫌でも上達するだろう、と言えるくらいには作りまくった。
気が狂うくらい、いや、もはやそれを通り越して無になるくらい忙しかった。あの時期を乗り越えたことによって、ちょっとやそっとでは動じない肝っ玉と、俊敏に動ける手際の良さが身に付いたと思う。
あんなに忙しかったのに、辞めたいと思ったことはなかった。なんだかんだ文句を言いながらも、仕事は楽しかったし、私はあの店が好きだった。
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大学を卒業して、就職を機にアルバイトを辞めた。初めて就職をした会社では、社内システムを扱う業務に携わっていた。システムを操作して書類を作成したり、データを管理したり、パソコンと睨めっこの毎日を送っていた。
お世辞にも楽しいとは言えなかったが、仕事に生きるタイプではないし、地味な作業は嫌いではないから、可もなく不可もなく、日々言われたことを淡々とこなしていった。
とある休日。知り合いが経営する飲食店が、イベントに出店することが決まり、私も手伝うことになった。
その日の私の役目は、メイン料理の付け合わせのスープを、カップに注いで提供する、というものだった。割と大規模なイベントだったのと、清々しい秋晴れに恵まれたことも相まって、お昼時の飲食店ブースは大混雑だった。
あの時間の厨房は戦場だ。私は無心でスープを注ぎ続けた。忙しい時に起こる、ランナーズハイのような感覚。スーパースターを手に入れた無敵マリオ状態になり、疲れも忘れ、時間が一瞬で過ぎていった。その感覚が懐かしかった。
イベントが終了し、やっと疲れが押し寄せてきた。
久しぶりの立ち仕事。やっぱり、きつい。でもなんだか、少しすっきりしたような、晴れやかな達成感が、私をやんわりと包んでいた。
帰りに飲んだビールがやけに染みた。やっぱり、楽しい。
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いわゆる会社員の大半はデスクワークで、更に近年は、リモートワークも普及している。通勤時間がなくなるし、身支度の面倒も省けてとても効率的だ。
でも私は、現場に行って体を動かして仕事をする方が向いているのかもしれない。人と関わりたくないと言いつつ、お客さんの喜んだ顔を見るのは嬉しい。何より、油臭い厨房で汗水流して働いている自分は、オフィスでパソコンと向き合っている自分よりイキイキしている気がする。
楽して稼ぎたい気持ちはもちろんある。でもやっぱり、仕事は楽しい方がいい。何事も大切なことは、一度離れてみて改めて気付くものなのだ。
今後どういう仕事に就くかはわからない。デスクワークかもしれないし、サービス業かもしれない。天職なんて見つからないかもしれない。
ただ、小さなことでもいいから、楽しいと思える仕事をしたい。仕事をしている自分を好きでありたい。わがままだってわかっている。それでも諦めきれない自分がいた。
それに気付けた、秋の日だった。