去年の秋のこと。
会社の取引先から、とある博物館の特別展招待チケットをいただいた。
この博物館は今年の春から当面の間、休館するそうだ。美術館・博物館巡りが好きな私だが、ここにはまだ行ったことがなかった。私はありがたく受け取った。

休日にチケットを片手にその博物館を訪れた。常設展も特別展も、とても充実していた。
博物館を楽しんだ後、何気なく地図アプリを開いた。駅の周辺に他にどんな施設があるか眺めていたところ、とあるカフェを見つけた。しかも、「チャイ専門店」とのこと。
チャイの専門店なんて聞いたことがない。地図を元にその場所を見つけ出し、引き込まれるように店内に入った。

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「いらっしゃいませ」とホールカウンターの女性店員さんが声をかけてくれた。チャイ以外にもメニューがあり、テイクアウトもできるらしい。しかし、せっかくなので店内で定番メニューのチャイを注文した。
すると、店員さんがキッチンにいるシェフに向かって「チャイ一つ入りました」と英語で伝えていた。キッチンを見てみると、シェフは外国人男性だった。

チャイを待っている間、他にも数名のお客さんが来店した。日本語で接客し、店員同士は英語で会話をする。外国人を雇っているお店でも、なかなか見られない光景だ。
また、お店の内装も素敵だった。白と木材を基調としたシンプルなデザイン。北欧風の食器が飾られていた。久々に海外気分を味わった。

注文したチャイがテーブルに運ばれてきた。北欧風マグカップに注がれた、薄いブラウンの温かいチャイ。早速いただこうとマグカップを持ち、驚いた。想像以上に量が多い。給食に出てくる200mlの牛乳より確実に多いだろう。
こぼさないよう、慎重に口に運ぶ。また、驚いた。スパイスが効いていて、舌に少し刺激を感じた。

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私がこれまで飲んできたチャイのイメージは、スパイス風味の甘いミルクの飲み物だった。しかし、これは違う。複数のスパイスがブレンドされているのか、各スパイスが本領発揮しており、それが舌への刺激と繋がったのだろう。それと同時に、スパイスの香ばしい香りが口の中全体に広がる。
こんなに香りを感じるチャイは初めてだ。加えて、濃厚なミルクによって、スパイスの刺激も本来のものより和らいでいる。スパイスとミルクがこんなに相性がいいとは。きっと、これが私が初めて飲んだ「本物のチャイ」なのかもしれない。

チャイだけではなく、空間にも癒された。店内にいる客は私一人だ。席数も少ない。テーブルには「勉強や仕事はお断り」という張り紙が。純粋にチャイを飲むこと、カフェでくつろぐことをお店は求めているのだろう。そのおかげで、とても居心地がよかった。帰る際も、「ありがとうございました」と温かく見送ってくれる。お気に入りの店ができた。

それから少し時が経った。その時の私は仕事で落ち込むことが増えており、心身共に疲弊していた。クリスマスが近いのに、心が弾まない。
この日は午後に取引先に伺い、直帰することにした。訪問が終わり、どこかに寄り道しようと思った。そのどこかは、すぐに思いついた。チャイ専門店だ。取引先からあまり離れていないため、真っ直ぐそこへ向かった。

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店内に入る。それだけで癒される。昼食を食べ損ねていたため、チャイと一緒にキャラメリゼのワッフルを注文した。
チャイとワッフルが目の前に置かれた。見るだけで幸せな光景だ。たっぷり注がれたチャイを口に運ぶ。温かいチャイに心も体も癒された。ワッフルを口に運ぶ。カリッとした食感と甘々なキャラメリゼ。スパイスの効いたチャイと相性抜群だった。
店内にはクリスマスの装飾が施されていた。当時は怒涛の年末年始になると想定していなかったため、昨年ではこの時が一番、クリスマスを楽しめた時間だった。

初めてチャイ専門店を訪れてから、もうすぐ一年が経とうとしている。秋が深まり、陽の落ちる早さを日に日に感じる。だからこそ、温かくて癒される何かを求めてしまう。

心身の癒しを求めて、年内、できれば11月中にあのチャイ専門店を再訪しよう。チャイを楽しみたいのはもちろん、今度はマグカップも買いたいと思っている。あの店のマグカップは店内で販売しているらしい。私に本格的なチャイを作ることはできないが、自分を甘やかしたい時、あのマグカップにホットミルクを注ぐだけでも癒されるかもしれない。
店内でチャイを楽しみ、北欧風のマグカップを購入する。これを11月の目標にしよう。