「制服を着ているということは、追試だな?」
高校3年生のクリスマス。私は制服姿で通っていた塾へ行った。塾で数学を担当していた先生は、ニヤリとした顔をして、私を見るなりそう言った。

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さかのぼること1ヶ月前。数学の単元テストをすることが知らされた。教科書の問題を解いていれば受かると言われていたテストだったため、テストまでの2週間、必死になって何周も教科書の問題を解いた。

そして迎えた本番。はじめ、の合図とともに1問目の問題を読んだとき、頭が真っ白になった。特別なハプニングが起きたわけではない。ただ問題を解こうと解答用紙に向き合っただけなのに、問題の意味が一瞬にしてわからなくなり、解き方も忘れた。
必死に思い出そうと頭を働かせるけれど、解法が出てこない。他の問題を読んでも全くわからない。すがる思いで頭に浮かんだ解法の枕詞を書き込んだが、その続きはわかることがなく試験は終わった。
回答を書けたのは、簡単な計算問題2問ほど。なぜこんなに書けなくなったのだろうか、意味がわからず、腑に落ちないままその日は終わった。

テスト返却の日。どう見ても期待できない点数で、追試が確定しているため憂鬱な時間だった。名前が呼ばれ、渡されたテスト用紙には、6点の文字があった。
にわかに信じがたい数字だろう。しかし、解けた問題数を見ると、その点数が妥当であることしか証明できない。むしろ点数があってよかったではないか、と感心してしまうくらいのレベルだった。

模範解答が渡されて、その用紙に追試の案内が掲載されていた。
12月25日、10時半開始。
自業自得としか言えないテスト用紙とその模範解答をもとに、追試の勉強を始めた。

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追試当日。本試で悔しかった思いから、なんとかして解法を忘れないようにと叩き込んだ甲斐あって、一通りは問題を解くことができた。数字は変わっているため、これが正解と言える自信はなかったけれど、なんとか最後まで解き終えた。
学校はすでに冬休みに入っていたので、授業に追われることはない。そのため、その場で採点・返却されるシステムになっていた。結果は、1回目で合格した。
点数はあまり余裕のある点ではなかったが、とりあえず単位は取れ、首の皮が一枚つながった感覚だった。

追試が終わり、塾へ向かう。数学の単元テストと、その追試日がクリスマスであることは担当の先生に伝わっていたため、冒頭の、あのような言葉をかけられたのだ。
私もニヤッと笑いながら、うん、と返す。隠していても仕方がない。というかすでにバレている。開き直るしかないだろうと思い、明るく笑い飛ばした。

実際、追試は合格しているのだし、構わないではないか。すべてが終わった開放感からか、クリスマスに学校なんてめったにないことだ、これはこれで珍しい体験として思い出に残るぞ、とポジティブに考えはじめたのだ。
追試が確定した本試の日はひどく落ち込んで、この世の終わりみたいな顔をしていたにもかかわらず、この変わりようは何なのだろうか。自分でもおかしいと思うくらいに楽観的になっていた。
後に大学に進学したが、学生生活の中でクリスマスに単位の綱渡りをしたのは、この1日だけである。命がけの綱渡りだったからこそ、今でも覚えているクリスマスの思い出となった。

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毎年、クリスマスになると、当時のことを思い出す。悔しい思いで受けたテストも、追試の日にニヤリと笑った塾の先生の顔も、“クリスマス追試“という嬉しくないネーミングで騒いでいたときのことも。
冬に、駅などで学生とすれ違うと、さらに鮮明になる当時の様子が懐かしさとともにやってくる。
プレゼントや恋愛などとは全く関係のない、遠くかけ離れたエピソードだが、だからこそ思い出に残っているというのもあるかもしれない。

私のクリスマスの思い出は、高校3年生の冬、単位を取ることに必死になったことだった。