「12人」と彼は答えた。当然だと言うように。
私の目は点になった。
きょうだい12人って、戦前生まれのうちのおじいちゃんと一緒やないかーい、と突っ込みたくなるのをこらえて、次の言葉を待った。
「再婚したので」
私の隣に座る先輩がすかさず問いかけると、思った通りの答えが返ってきた。彼の妹は私の弟と同い年だった。

私たちは少しずつ、遠慮がちに話し始めた。ある時は不自然なタイミングで席を立つ先輩達に苦笑いし、またある時は思春期の子供達の恋愛を心配する先輩達を横目で見ながら。彼は時々視線を合わせると優しく微笑んでいてくれるのに、私の笑顔はぎこちなく、それか真顔に見えてしまっただろう。
「私よりもずっと可愛いじゃん」という心の声がダダ漏れになりそうな時間は続いた。無愛想な人だと思われがちな私は、彼が見かけだけの女の愛嬌に騙されないことを願い、極限まで薄くなったハイボールをすすった。

◎          ◎

昔から自己完結型の恋ばかりしてきた。それがたとえ成就確率0.1%の片想いだとしても、頭に浮かぶのは結婚の2文字なのだ。
告白し(され)、付き合い、一緒に暮らすまでのシナリオがするすると流れていく。それは大抵が、私が尽くす側に回るという設定だった。△△さんは仕事で忙しくて私が家庭を守ることになりそうだなとか、□□君は不器用だから仕事以外のことは私が管理しなきゃなとか、それはもう気持ち悪いくらいに毎度妄想が膨らんだものだ。

そんな私も二十代後半になり、価値観が大きく変わった。仕事に対する考え方が変わったことで、結婚相手に求めることも自然と変化したのだ。
幸い今は上司に恵まれ、働きやすい職場にいる。でも、ずっと心の奥底にある「このままで良いのか」という危機感は消えない。組織は良くも悪くも安定だ。変わることを望まず、変わったとしても、それが本当に変わるべき本質にかなっているとは言えないこともある。
こうなりたいという目標があれば、そのためにどうするかを具体的に決め、すぐに実行する。それが私の信念の一つだ。友人からは行動力がすごいとよく言われるので、これはきっと口先だけではないのだと思う。

「自分で決め、自分から行動を起こす」そんな人生を送りたいという夢が、今の私を突き動かしている。だから今は幼い頃に思い描いた家庭的な妻・母親に、さほど魅力を感じていない。そして、仕事に一直線なエリート男性よりも、私のやりたいことに反対せず、そばで見守ってくれる男性との出会いを望むようになった。

◎          ◎

一人の時間が長かったからこそ、こんな本当の自分に気づけたのだと思う。
以前は相手に尽くしながら私も成長しなきゃと、自分をがんじがらめにしていた。でも、一人で寝起きし、簡単なご飯を作って食べ、山になった洗濯物をたたみ、観たい動画を気の向くままに観る……どこにでもあるありふれた一人暮らしの時間が、ガチガチの固定観念をするすると解いていったのだ。
普通の生活の中で、一人でじっくりと考え事をする、かけがえのない時間。無理して尽くすのが本当の愛じゃないと気づけたのは、そんな贅沢な時間を味わえたからだと思う。

じゃあ、誰かと一緒に暮らすと、そんな静かな贅沢はもう訪れないのだろうか。一人でいることが普通になりすぎて、同居することへの不安を感じるのは、独り身が避けて通れない道だろう。
自分の生活空間に誰かがいる。それはもう孤独ではないが、自分に向き合うためのパワーを半分(時には半分以下)に削いで、相手に向き合うパワーを捻出するということだ。正直、幸せでもあり面倒でもある。

ただ、誰かと一緒にいるからこそ、つかの間の1人の時間がさらに輝くのではないか。1人暮らしで感じる、無限に続くような1人の時間が決して当たりではなく、貴重な尊い時間なのだと気づくことができる。それが、誰かと同居することで得られる幸せの1つなのだと思う。
そしておそらく、自分が本当に成し遂げたいことというのは、有限な時間を意識して本気で取り組めることだ。

◎          ◎

私自身がやりたいことをやって成長するということ自体が、相手のためにもなっている。そんな関係は、私が友人との関係を最も心地良く気づけている時に似ている。
思うに、家族は一番の友人だ。トイレまで一緒に行くような、いつも一緒にいる友人ではなく、お互いを尊敬できる友人関係。無理に喋らなくても大丈夫と思える関係。1人の時間を自分のためだけに全うしようと決意できたら、こんな優しい友人が私のやりたいことを邪魔するはずがない。むしろ、追い風となって背中を押してくれるだろう。

もしこれから、新しい家族を築く日が来たら、私は私を失ってしまうのだろうか。いや、そんなことはない。残念ながら私はきっと、夫や子供達のためだけに生きられる女じゃない。
独りよがりに聞こえるが、自分のやりたいことを土台として、その周りを家族がそっと包み込むような、そんな生き方をしたいと思ってしまうのだ。

彼と初めて話して一夜明け、思ったのは結婚が全てではないということだ。そして、そんな私なりの価値観を大事にして良いよと受け入れてくれる人となら、一緒に暮らせるかもしれないと考えた。
これから私達、どうなるかわからない。あぁだこうだと先のことを考えて苦しくなる暇があれば、一歩でも良いから前進したい。だから今は少しの期待と不安を隅に置き、“期待通りのルートAか、期待外れのルートBか。どっちに転んでも、私たちはきっと良い友人になれる”この確信だけを胸に留めて、目の前のやりたいことに向かっていこう。