正式名称は存じ上げないのですが、メッセージアプリにときどき現れる特殊エフェクトがあるでしょう。卒入学式の時期に桜が舞ったりハロウィンにかぼちゃが光り出したりする、アレのことです。
あのクリスマス版を初めて見たときを、私は忘れられません。
まだ特殊エフェクトが導入されてすぐの頃だったのでしょう。私はそういったものが存在することを知りませんでした。
そんな学生の頃のクリスマス、私は一人暮らしのアパートで風邪のため寝込んでいました。
体が丈夫なのが取り柄なところもある人間なので、もしかしたらもっと重いものだったのかもしれません。インフルエンザとかノロウイルスとか。ただそのときは本当に辛く、立ち上がることも出来ずに布団にくるまっていて病院にも行けなかったので、何だったのかは謎のままです。
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クリスマスの朝、目覚めて、身体の熱さ、頭の重たさ、体調の悪さに、ああ、これはダメだと思いました。その日は大学で定例ミーティングがあったのですが、仕方なく休みの連絡を入れることにしました。担当教授にはメールで、同じミーティングに出る予定だった友人にはメッセージアプリで。
友人への文面は、「体調がめちゃくちゃ悪いから休みます、何かあったらよろしく」といった感じでした。そしてそこに、冗談混じりで加えたのです。風邪かインフルかノロかわからないけれど、「とんだクリスマスプレゼントをもらってしまったよ(笑)」と。
その瞬間、メッセージアプリのトークルーム画面が暗い夜空になり、トナカイに引かれたサンタクロースが駆け抜け、落としていったプレゼントが星を吹きました。「クリスマス」の単語に反応したのでしょう。
初めてそれを見た私の感想は、申し訳ないのですが、「なんだこれ」でした。
きっとこれを考えた人は、もっと別のシーンを想像していたことでしょう。家族や友達や恋人たちの間で「メリークリスマス!」と送り合う、そこに華を添える存在になるのだろうと。実際、大半の人がそうやってそのサンタクロースに出会ったことでしょう。
しかし私は体調を崩したばっかりに、布団の中で一人、しかも自嘲混じりで自ら送ったメッセージによってそれと遭遇してしまったのです。
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せっかくのクリスマスであるからして病人の身で友達を頼ることも出来ず、部屋から出ることはもちろん、テレビを付けることもラジオを聞くことも出来なかったその日。私にクリスマスらしいものを与えてくれたのは、そのメッセージアプリだけでした。布団の中で、朦朧としながら握ったスマートフォンの中から。特に望んでいたわけではないのに、むしろ虚しさが増してしまう形で。
まあ、体調を崩した自業自得ではあるのですが。
あれ以来、メッセージアプリに特殊エフェクトが現れる度に、あのクリスマスを思い出してしまうのです。特殊エフェクトには何もしなくても現れるものと、単語に反応して現れるものがあるようなのですが、後者は特に。
それをわかっていて送り合うことがあるのは知っていますし、実際送られたり返したりしたことはあります。そして今年のクリスマスも、メッセージアプリに何かしら現れたら、あの一人で熱や吐き気や悪寒に苦しんだときを思い出して、なんとも言えない気持ちになってしまうのでしょう。
たとえこの先どんなクリスマスを過ごしていても、メッセージアプリという手放せないツールがクリスマスを知らせて来るたびに、私はひどく寝込んだ冬の日を思い出すことになるのかと思うと、ちょっと情けなくなるのです。