学校で苛められていたとき、毎日意地でも登校していたのはクラスに好きな人がいたからだと思う。
それはたしか中学3年生のころだった。

彼は背が高くて、とてもマイペースだった。
よく授業中に寝ては怒られ、部活をサボっては怒られている変な人だった。
口は悪いし先生に反抗するし、別に勉強ができるわけでもない。格別に容姿がいいわけでもなければ、スポーツもほどほどにしかできなかった。

なのになぜだろう、彼はとても女子に人気があった。
私もその中のひとりで、好意を持って積極的に話しかけるうちに運良く、ただのクラスメイトから仲の良い友だちに昇格することができた。
同じ委員会になったり、自由席授業で隣に座ったり。
ありきたりなシチュエーションのありきたりな片想い。それでも、目が合うたび、言葉を交わすたび、笑うときの目尻のしわを見るたびに、私は嬉しくて楽しくて、十分に幸せだったのだ。

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いじめは、ある日突然やってくる。
あれ、なにかおかしいな。そう思って戸惑っているうちに孤立し、知らない人からも嘲笑される毎日になった。

彼が表立って、私に対する悪意を咎めたり、場を収めたりすることはなかった。みんなと同じように私を嫌がった。
その代わり、小声で話す時やふたりのときは、それ以前とまったく変わらず接してくれた。くだらない話をしたり、私のノートを勝手に見たりと、以前の私と変わらない関わり方をし続けた。

当時、私の机と自分の机をきっちり付けてくれたのは彼だけだった。
きっと、そういうところが好きだったのだと思う。

「死ぬなら何歳がいい?」
重い話をしていたわけではなく、与太話の中でふと聞いたことがある。
何歳がいいの?と聞かれた私は、「20歳がいいな」と答えた。
14歳の私にとって、20歳は果てしなく遠い未来だった。いまの辛さをお婆さんになるまで耐えられる気がしなくて、そのあたりで終止符を打つのが1番合理的だと、足りない頭で考えたのだった。

「ふうん、何で死ぬの?」
大して興味も無さそうに彼が言い、病気はお金がかかりそう、事故は迷惑がかかりそう、老衰にはほど遠い……と迷った末に、冗談で「殺してくれる?」という言葉が口から出ていた。

「いいよ、20歳になったらな」
なんの躊躇もなく、関心もなさそうな気怠い声で、でもまっすぐ目を合わせて彼は言った。
呆気にとられた私に彼はどうでもいい話をふり、その話は二度とすることはなかった。

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彼とは、別の高校へ行くことが決まっていた。
スマホもなく、家も知らない。共通の友人も特に多くはなく、SNSをするタイプでもない。私に好意のない彼は、20歳の未来で確実に横にはいないのに、なぜ即答してくれたのだろう。
お願いごととして重すぎるし病んでいるのに。なぜ私もそんなことを言ってしまったのか分からないのに。

きっと伝えられないけれど、ここに記そう。
彼へ。
あの時はごめん。
君のことだから、絶対に真剣に聞いていなかったと思うし、まったく覚えていないと思う。呆れて軽くあしらっただけかもね。
あの時、変なお願いをしてごめんなさい。
そして、ありがとう。

あのころ、何度も何度も死にたいと思った。
誰にも大事にされない自分が憎かった。
君があの時、消えてしまいたいという私の願いを受け止めてくれた気がして、本当はそれがとても嬉しかった。
せっかくだから20歳まで生きてみるか、と思えた。
あの日、私の命を引き伸ばしてくれたのは、紛れもなく君だった。

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中学を卒業し、高校・大学ともに拍子抜けするほど平穏な生活になった私は、記念すべきその20歳を祝う成人式で彼と再会した。
相変わらず背が高く、数百人いた会場の中でも笑ってしまうほど見つけやすかった。

目が合った瞬間に彼が、私のそばにすっと歩み寄った。
その目尻のしわを見たとき、苦しくて寂しくて不幸だった14歳の私が、静かに消えていった気がした。