ただただ、悔しかったのかもしれない。大学入学後の初めての夏、再会した幼馴染、そして私の初恋の人に衝動で理不尽にも暴言を一方的に吐いてしまったことを、私はまだ謝ることができていない。

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私とその幼馴染の彼(ここでは仮にS君とする)と出会ったのは小学生の時。
何がきっかけで仲良くなったのかはあまり覚えていない。けれど、毎日近所の公園で門限まで遊んでいた。私の家は緩かったが、S君の門限は厳しく、ばいばいの時はいつも悲しかった。
優しくて、時々意地悪で、スポーツも勉強も、全部学年で一番をとってしまうような彼に、恋に落ちたのは一瞬だった。初恋だった。彼の一挙一動に心が動いた。幼いながら、本当にまっすぐに恋をしていたと思う。

中学生になって、初めて彼氏ができた。学生時代の恋愛は怖いもので、付き合ったことが瞬く間に広まった。S君の耳にも入ったのだろう。
ある日、社会の授業が自習になったとき。相変わらず自習なんてするやる気もなく、机に突っ伏して目をつぶっていると、後ろのほうで騒がしい派手なグループが大きな声で恋バナをしているのが耳に入った。
S君は会話の中心にいて、「初恋はあいつなんだよ、ほんとに、とられたなあ」と当時の私がお付き合いしていた人の名前を出し、悔しがったようなそぶりをしておどけてみせていた。
そのときに初めて、互いが互いの初恋だったということに気がついた。机に突っ伏して寝たふりは継続しながらも、内心驚きとドキドキで胸がいっぱいだった。

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高校は同じところを受験したものの、S君だけが落ちた。そこから三年間は連絡を取ることはなく、大学受験終了後、久しぶりにいつものチェーン店で仲良しだった幼馴染六人グループで集まった。
S君の顔を久しぶりに見た。S君の声を久しぶりに聞いた。ずいぶんとおしゃれになっていた。髪の毛も茶色に染めちゃって。あれ、そういうファッションとか好きなタイプだっけ。いわゆるおしゃれな大学生を見て、ぶつくさ文句を言いそうなのに。変わったんだな、三年間って大きいな、そう思った。

それぞれの近況報告が始まって、S君も話し始める。
とある最難関大学に合格したこと。とっても可愛い、人生で初めての彼女ができたこと。彼女とディズニーランドに行ったこと。彼女とおそろいのアクセサリーを付けていること。終始のろけて、にこにこと幸せいっぱいに話していた。
ディズニーランドとか、あんなに混雑したところ嫌いそうなのに。アクセサリーなんて、絶対につけなさそうなのに。
一方で、ろくな大学に受からず、恋人ともうまくいかず、なにもうまくいっていない現状の自分と比べて悔しくなった。
もちろん好きだったのは何年も前の話で、S君に対して未練があるとか、そういうことでは一切ないのだけれど、一度好きだった人が別人のように変わってしまったこと、そして自分とは違う誰かといろんな初めてを経験したこと、自分と違って幸せそうにしていること、全てに対して、なぜだか悲しいような、寂しいような、腹立たしいような気持ちになってしまった。

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その、よくわからないあふれ出た気持ちに蓋をすることができなくて、「S君ってほんと変わったよね、悪い方向に!」という言葉を皮切りに、次々と暴言を吐いてしまった。思ってもいないような悪口も言ってしまった。その場にいたほかの四人も驚いた表情で、その場の空気を悪くしてしまった。
結局、その日になぜか勢いで出てきた汚い言葉の数々について謝ることはできず、いまでも謝れていない。ひどい悪口をさんざん、しかも一方的に、理不尽に言い放ってしまったのに。

そろそろこの日から一年半がたつ。いい加減、あの時はごめんなさい、と謝らなくてはならないと思う。