LINEのスタンプがプレゼントできない。
あ、わたし、ブロックされたんだ。
彼との出会いは、昨今話題のいわゆるマッチングアプリ。
「おはなししませんか?」の問いかけに、たまたま「いいね」をくれただけ。
プロフィールを見てみると、至極真っ当に会社員として働いているひとみたい。
深夜2時、布団の上でごろごろしながら、見ず知らずの男性を品定めできるなんて、とても楽な時代に生まれたもんだ。
プロフィールをもう一度よく見てみると、31歳とは思えないほどの綺麗な童顔に、これまた綺麗な金髪がわたしを見つめていた。
なんとなく、目の奥が笑っていないような、わたしを見透かすような瞳をしている気がした。
自室の壁掛け時計の秒針が、わたしの鼓動と同期するように動いている。
会社員なのに金髪なんて、社会的に許されるのか、ちょっと興味がわいただけ。
◎ ◎
マッチングアプリを利用するときは、相手とマッチングしてから、メッセージのやりとりをして、最後に必ず電話をしてみること。これが、わたしのモットーだ。
とんとん拍子にメッセージのやりとりが続いたところで、どちらともなく電話をしてみることになった。
深夜3時、となりの部屋では、父と母が寝ている。背徳感に包まれながらの「こんばんは」ほど、どきどきする瞬間はないと思う。
彼はとても知的なひとだった。
スマートフォンから聞こえるのは、優しい声色と、ウイスキーの氷を転がす音だけ。
なんだか、むらむらする。
わたしの、いつもの悪い癖。
まだ会ったこともないひとに、こんなお願いをするなんて、どうかしてるのはわかってる。
それでも、とめられなかった。このときから、彼とセックスすることは決まっていたのかもしれない。
「自慰行為をするので、聞いていてください」とわたしが言ったとき、彼は笑っていた。
◎ ◎
夜7時、西武新宿駅で待っていると、明らかに周囲のひとより浮いているひとが現れた。全身黒ずくめの服装なのに、頭髪だけは派手な金色。
彼だとすぐにわかった。
1軒目の居酒屋では、当たり障りのない世間話をたくさんした。
口元にマヨネーズが付いていたから、おしぼりでとってあげると、特に驚く様子もなし。
あれ?初対面の男性と食事をするとき、わたしがいつも行う「からかい」なのに、全く反応がない。やっぱり年上はうわてかもしれない。
2軒目のバーでは、1軒目よりもさらに深い話をたくさんした。お互いにお酒の耐性があるのか、全く酔ってはいないけれど、だんだんと心身の距離が近くなるのを感じた。
「見たいアニメがあるの!」
誘ったのはわたしから。後悔なんてしていない。
夜10時、彼の家に着くと、目の前に広がるのは、暖色の照明で照らされた、白色を基調としているおしゃれな空間。アロマディフューザーから立ち上る香りにあてられていると、わたしの大好きなウイスキーを用意してくれた。
手慣れている。
きっと何人もの女性を連れ込んだに違いない。わかってはいたことだけれど、うわてすぎる彼に、すこしだけ、ほんのすこしだけ悲しくなった。
◎ ◎
彼とはじめてキスをしたとき、なんだか泣きそうなくらいに高揚した。
初対面のひとの家に行って、こんなことをするなんて、はしたない女だ。
わかってる、わかってるよ。
でも、生き辛い人生を忘れるすべなんて、これくらいしか知らないの。
彼をはじめて見上げたとき、早くも遅くも、きっとこの関係は終わってしまうことを覚悟した。
生半可な気持ちではいられないくらい、彼とのセックスは気持ち良かった。
この先、あとどれくらい、あんなにも気持ちの良いセックスを経験することができるのだろうか。
わたしを押し倒したときに、「ん?」と首をかしげる姿がすき。
わたしが横になったときに、必ず腕枕をしてくれるところがすき。
わたしが、「死にたい」と口にしたとき、真剣に彼なりの返答をしてくれるところがすき。
一目惚れならぬ一晩惚れ。
すきであふれたこの想いをぶつけたとき、彼はどう思ったのだろう。
めんどくさい女だと思ったのかな。
たかだか一晩一緒に過ごしただけですきになるなんて、軽い女だと思ったのかな。
それでもわたしは、わたしなりに、本当にすきでした。
迷惑をかけたならごめんなさい。
幸せなぬくもりを感じさせてくれてありがとう。
◎ ◎
「死にたい」気持ちを抱えながら、わたしはいまも、マッチングアプリという雑踏のなかを、さまよっています。
あなたはいま、どうしていますか?