私が講義室に行くと、すでに3人の女子が楽しそうにリボンをサクサク切っていた。
引退するサークルの先輩に渡す色紙を作ろうと、グループLINEで集まる日時が指定された。来れる人だけでいいよという言葉に甘えてか、何十人もいるはずのサークルで100人は入る講義室に集まったのはたったこれだけだ。
私も作業に加わろうと3人のうちの一人に聞くと、色紙をリボンで縁取って、さらに結んだリボンを貼り付けるつもりらしい。
赤、ピンク、水色、青。
まだ手のつけられていない青のリボンとハサミをもらい、3人にならってリボンにハサミを入れた。
縁取り用のリボンを切り終わった頃、一つ上の先輩が遅れてごめんとやって来た。申し訳なさそうだが、むしろこちらが申し訳ないくらいにやることがない。リボンは4つしかない。
じゃあ監視役するわ。おどけて言って、私達がリボンを結ぶのを眺めていた。
◎ ◎
3人の女の子と先輩は、楽しそうにファッションやメイクの話をしていた。私だけが一人、黙々とリボンを結び、端をVの字にギザギザになるよう切った。
ギシリ。ギシリ。余りモノの私のハサミには、錆びがついていた。
サクサク切れるハサミの音は聞こえない。3人の右手はジェスチャーのために使われている。
なんでこんなに私は一人で、輪の中に入れないんだろう。
学年が同じ。リボンだって持っている。先輩なんか、一つ上だし、リボンはないし、遅れて来たし、3人のファッションやメイクの話題にも共感できるわけないじゃないか。
黒い気持ちが溢れてくる。先輩をちらりと横目で見る。先輩は、共感しない代わりに、相槌をして、笑って、どっちも似合うよなんて、適当だけど完璧な答えを返していた。
目線を戻してリボンにまた向かう。二つ目のリボン。端を今度はさっきの残りと形を合わせるように、凸向きにVに切った。ギシリ。ギシリ。段々、ハサミを持つ手が痛くなってきた。
「え、めっちゃきれいじゃない?」
ちょうど端を切り落とした時、先輩がそう言って近づいてきた。それにつられて3人も顔を覗かせる。
「すごっ、私達全然うまく作れないんだけど。教えて!」
◎ ◎
思わぬきっかけで、すんなり輪の中に入れた。先輩のおかげ、になるのかな。青のリボンを先輩に渡して、私は教え役に回ることになった。4人を順番に回っていった。
「言われた通りやったのに変になった(笑)」
「こっちはそもそも分からん!」
「不器用過ぎだって」
「いやいや先輩が一番下手ですって(笑)」
会話に入れていることが、一緒に笑えていることが、どうしようもなく嬉しかった。
一緒に同じ色のリボンを持って、ここ押さえてるから端を切ってと言って。そんな簡単なことでも、協力できていることが私には幸せだった。
盛り上がりもひとしおして、やっとリボンを作り終わった。色紙に貼り付けていく。もう、教え役じゃなくても話せるくらい、いつの間にか馴染めていた。
でも、そんな上手くいくわけがなかった。
「先輩、ちょっとこれはないって」
「えー、ほんとだ。何これ(笑)」
3人が手にしていたのは綺麗に結ばれた青色のリボンだった。切り方が逆だと3人は笑った。先輩が一瞬不思議そうな顔をする。当たり前だ。それを作ったのは私なのだから。
端を切り直すのが面倒だ。リボンがもったいない。そんな安易な考えで、意図的に切り落とした、2つ目に作ったリボンだった。
それが間違いだったなら、ごめんそれ私だと言えたかもしれない。教え役のプライドなんか小さなものだ。でも、言えなかった。それが意図的に切ったものだったから。
◎ ◎
3人はただ戯れにからかっただけだ。別に馬鹿にしたわけではない。そんなのは分かっている。でも、3人の感覚に馴染めないことがその笑いに残酷に示されていた。こんなリボン一本じゃ、仲良くなんてなれなかった。錆びたハサミで切れるくらいなのだ。ちょっと考えれば分かることだったのに。
でも、言わなければ。先輩の冤罪になってしまう。
「あの」
「ああ、ごめんごめん。やらかしたな」
私の声に被せて、先輩が言った。笑いながら私に目配せをしてきた。先輩は見ていたのだ。私があのリボンの端を切り落とすのを。庇ってくれたんだ。
正直に言い出す勇気のない私自身の不甲斐なさ、分かり合えなかった寂しさ、先輩の優しさ。私は3人に悟られないよう感情を押し殺そうと、ただ静かに、問題のリボンの端を切り直した。
「ありがとね、先生」
そう笑顔で言って、先輩は、はらりと落ちた菱形を捨てに行った。暗く沈んだ胸に、微かに温かい甘さがにじんだ。
あれから二人になるタイミングがなくて、結局ありがとうも、ごめんも、言えていない。