中学1年生の私には憧れの子がいた。
可愛くて、明るくて、背が高くて、誰よりも正直だったあの子。すごく可愛いのに、「可愛い」より、「面白い」と言われて喜ぶような子だった。

私の友達たちもあの子を「可愛い」と言っていた。一方で、仲の良い子にはすごく優しいのに、嫌いな子には冷たいあの子を悪く言う子もいた。良くも悪くも目立つ子で、たぶん私はそんなところにも憧れていた。

私とあの子は違うクラスだった。共通の友達を通じて知り合って、仲良くなるまでに時間はかからなかった。クラスでの人間関係が上手くいっていなかった私にとって、あの子だけが学校に来る意味だった。「ごめん、持ち物検査あるから漫画預かってて」とか、「見て!新しいキーホルダー可愛くない?」とか、何でもない日でもあの子からの突然の何かがあるから、毎日の学校が楽しみだった。

私はあの子に何回か「可愛い」と言ったことがある。「面白い」と言われる方が好きなのは知ってたけど、だってあの子は本当に可愛かったから。あの子の返事はいつも、「これでも可愛い?」と言ってからの変顔。そんなところも可愛くて、大好きだった。
もちろん、「面白い」は数え切れないほど言った。「本当に面白いよね」。そう言う度にあの子は、あの子に笑わされている私以上に大きな声で笑った。あの子の笑い声はいつも廊下中に響き渡っていた。

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仲良くなってから3ヶ月ほど経ったテスト前のある日、あの子から「放課後、一緒に勉強しようよ」と誘われた。
放課後になってあの子の教室に行くと、あの子は友達たちともう勉強をしていた。私は、ドアを開けようとしていた手を止めた。あの子の机には、いつも飲んでいた黒いパックのオレンジジュースがあった。あの子はどこにいてもあの子なんだ。それを見た私は、そんな当たり前のことを思った。なぜかすごく悲しかった。

ドアを開けた時、「なんでいるの?」みたいな顔をされたら耐えられない。そう思った私は約束を破った。軽く言っただけで約束のつもりはなかったのかもしれない。約束をしたことを忘れてるのかもしれない。自分に都合の良い言い訳をたくさん重ねて、あの子の前から逃げた。

「なんで昨日来なかったの?」
次の日、あの子にそう話しかけられた。怒りでも、悲しみでもない表情を浮かべているあの子が怖くて、私は焦った。だから咄嗟に言ってしまった。
「約束したの忘れてるかと思った」

私は「ごめん」と言うべきだった。あの子が何と返事をしたかは覚えていない。
今ならあの子の表情の意味がわかる。私は優しいあの子を信じなかった。傷つけられることを恐れて、あの子を傷つけた。みんなの中心にいる目立つあの子は、私なんかの言葉で傷ついたりしないって勝手に考えていた。

「約束を破る人が一番無理」。あの子が後にそう言っていたことを知った。それからも会った時は話はした。だけど、あの子は以前のようには接してくれなかった。最低限の会話だけで、距離を詰めようとするとかわされるのを繰り返すうちに、私はあの子の好きな友達から外れてしまったことを悟った。
2年生が終わる頃には、私たちは他人になった。

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今、私はあの子の友達だった子たちと仲が良い。あの子とはもう何の繋がりもない。
だけど、あの子の友達だった子たちに聞いた。中学1年生の頃、あの子は私を可愛いと言っていた、と。私があの子を「可愛い」と言っても、一回もそんなこと言ってくれなかったくせに。あの子の本心を知って、罪悪感がまた募った。

あの子がいなくても、毎日は楽しい。だけど私は、あのオレンジジュースをあの日以来飲めていないし、言えていない「ごめん」はまだ私の中で燻っている。どんなにあの子のことを考えても、何年も聞いていないあの子の笑い声を思い出すことはもう出来ないけれど。