10年かかって、自分にとってちょうど良いメイクがわかるようになってきた。

私の化粧ポーチは、おそらくそんなに大きくはない方だと思う。
世の中のおしゃれで、流行に詳しい人は、もっとたくさんコスメを持っているだろう。
それでも今、自分にとってメイクは億劫なものではなくなったし、「女なのに、メイクをうまくできていないのではないか」という劣等感に無意識のうちに日々苛まれることも少なくなった。
今私が大切にしているのは「自分のテンションが上がるか、ときめくか」。

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新作のコスメ、流行りの顔のなり方を、面倒くさいと感じないレベルで情報を集めて「テンションが上がりそう」というものを買って、メイクをし終わった後に「よしがんばろう」と感じられるような“自分のメイク感”を見つけるのに、10年かかった。

18歳からメイクをするようになった。というよりは、するもんだと思ったから始めた。
中学と高校ではメイクは禁止だったから、洗顔と日焼け止めくらいで毎日過ごしていた。
大学入学時に、メイクを何からしたらいいかわからなくて、母が長年愛用しているコスメを教えてくれて、一緒に買いに行った覚えがある。

メイクをしたら“綺麗な”女性になれる、“大人”という漠然としたイメージだけだった私は、正直メイクをしてなりたい顔も、目指したい雰囲気も、欲しいコスメのブランドも特になかった。自分の顔のコンプレックスをなくしたいとか、印象を変えるためにメイクをしたいという気持ちもあまりなかった。
“大学生になるからしなくてはならないもの”であり、それはある意味“新しい場所に受け入れてもらうための入場券”のような感覚だった。

まつ毛を上げて眉を描くと、顔全体がくっきりして、自分じゃないような感じがした。
アイラインを引くと、元々強めの目の印象がもっとキツくなる気がして1回でやめた。
自分に似合う色がわからないから、とりあえず王道と言われるものを買ってみたりした。

「メイク初心者のための雑誌や本が欲しい」と探してみても、本当に初心者のためのガイドブックは見つからない。私の探し方が悪いのか?そんな自責の念まで感じてしまう。
雑誌を開くと、新作の商品や流行、おすすめのコスメで溢れているけれど、自分に合うのかわからないものを「ちょっとお試しで」という気持ちで学生が手を出せるような値段ではなければ、ため息をついて雑誌を閉じるだけ。
ベースメイクってなに?パウダーとリキットもわからないのにパウダーリキッドとは?結局何から順番に何種類顔に塗ったらいいの?スキンケアもやりすぎはダメっていうけど最低限したらいいことは何?

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私には忘れられない思い出がある。
デパコスを買ってみたい、と勇気を出してデパートのコスメコーナーにいき、誰もが知っているコスメブランドで店員さんに話しかけ、椅子に座ってお試しをさせてもらおうとしたとき。
メイクバッチリの店員さんは、私の顔を見て「額と髪が生えているところの境目は、わざと作っているんですか?」と言った。
一瞬何を言われたのかわからなかった、でもすぐに「私、メイク下手な芋っぽい奴って言われてるんだ」「お前みたいな奴がここに買いに来るなって言われてるんだ」と感じて、背筋が凍り、泣きそうになった。
その後何を話したかは覚えていない。早くその場を去りたくて、本当はいくつか試したかったのに、1つしか頼めなかったし、買わなかった。
華やかなコスメ売り場が一気に灰色みたいに見えて、心を傷つけるものがこんなにも値段が高いということにさらに悲しくなった。

その日、もちろん意識してベースメイクと頭皮の境目を作ったわけじゃないし、そもそもそう言われるような仕上がりになっていたかも知らない。
ただ「芋っぽいメイクのやつは相手にしたくない」「メイクへの意識高くない人が買うものじゃない」「女性でこの歳のくせにこの出来か」と、馬鹿にされ、レベルが低い女性認定されたような気がして、一時期私はブランドコスメのコーナーを歩けなくなった。

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今の私なら「買いに来た人にその態度、なんなんですか。ここで買いたくはないです。もういいです」と言えるかもしれない。
でも言えないかもしれない。それだけ自分の中で“メイクは垢抜けた女性の条件”“他人はメイクで女子力を判断する”と無意識に思っていたことを自覚してしまった。好きなようにメイクをそれなりに楽しんでいたつもりが、人からどう思われるかを、やっぱり気にしていたのだ。

正しいメイクの方法はなんなのか、持っているとメイクができると認めてもらえるコスメはなんなのか、結局誰も教えてくれないのに、“みんなできて当たり前”みたいな雰囲気に、自分の気持ちが押し込められていた気がする。

その後、明確にこれ、というきっかけがあったわけではなかったが、私はメイクとの距離を、少しずつ、本当に少しずつ、自分のペースで縮めていった。
思い出してみると一つひとつが、自分が素直に感じたことが、次の日のメイクに、また新しくコスメを買うときに、ちょっとずつ自分の基準になり、それが心地よいことに気づいたように思う。

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友達に「少し暗めの茶色の眉も似合いそう」と言ってもらって、やってみたら思ったよりしっくりきたこと。
親戚のお姉さんに譲ってもらったピンクのチークをつけたら、キツめの印象から少し可愛らしい顔に変わって見えたこと。
職場の先輩のまつ毛を見て、マスカラはカラフルでいいんだと気づいて、思い切って好きな色のワインレッドをつけてみたこと。
自分はデパコスよりも、値段と落ちにくさなどの性能を調べて納得してから買ったコスメの方が気持ちが上がること。
「気になるけど、ときめき75点だから今回はやめとこう」というように、自分のときめきメーターで、コスメを買う基準を決めてみたこと。
彼氏に「いつもだけど今日はより一層目がぱっちりしてるね」と言われ嬉しかったこと。
私は濃いアイメイクよりも、キラキラしているラメ感の方が好きなこと。

その日の予定や気分に合わせてどんなメイクにするか自分で選んで、メイクが終わった後に「よし今日はこれで行こう」って思えるのがいいし、そういうメイクは自分にとってときめきだし、テンションを上げる魔法になる。

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傷つけられたことは消えないし、本当に嫌な思いをした。
でもメイクもコスメも自分のためのもの。
写真や動画を振り返れば、この10年どの時の自分も自分らしくて精一杯で、その時しかできなかったメイクって感じで、とっても良い感じ。
自分が楽しくなれて、自分の大切な人が心地よく思ってくれるならそれでいいと思えることが、10年間でわかった私とメイクの距離感の成長だと感じている。