私が育った場所、としたら熊本市内にある片田舎のことを指す。1歳から暮らしたそこは、たくさんの思い出と出会いの溢れた場所であるのは確かだ。

しかし、私が「ふるさと」と形容したい場所は、実は別にある。それは熊本市内からずっと離れた阿蘇地域の、とある美術館だ。

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私がその美術館に通うようになったのは、確か熊本から上京した後のことだった。
高校生の私は、幼少期に繰り返し読んでいた絵本の作家が同じ熊本出身であることを知った。それだけでも縁を感じて勝手に嬉しさを感じていたのだけれど、作家が愛した阿蘇にはその世界観そのものが絵本から飛び出してきたような美術館があることを知った。それを知った私は上京して1年も経たないうちに、故郷である熊本に文字通りすっ飛んでいくこととなった。

飛行機で1時間半。そこから車で2時間程だろうか。私はずっと高揚した気持ちで乗り物に揺られていた。
私が風の噂できいたその美術館は、本当にそこにあるのだろうか。どこか信じられない自分と、きっとあるはずだという故郷に対する謎の信頼とが交じり合った不思議な気持ちを胸に、私はそのときを待った。

そしてようやっと、そこにたどり着いた。車から降りてすぐに、いつの間にか私はその作家の絵本の中に入り込んでいた。目の前にある白い三角屋根の建物が、それを証明していた。
ああ、どういうことだろう。
私はあふれてきそうな何かにぐっと耐えて、その三角屋根の建物へ入っていった。

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入場料を払い、受付のご婦人から「部屋の奥の扉を開くのはきっと最後がいいわ」というアドバイスを私は素直に受け取った。

美術館の入り口をくぐるとそこには、その作家が生み出した様々な作品が展示してある。あれもそれもこれも。私が必死で読み漁った絵本で、どれも愛おしいものだった。作品に登場するキャラクターのぬいぐるみもあれば、原画、私がみたことのない物語まで、どこを見ても幸せな空間がそこにあった。
このままここで、ずっと暮らしていたい。そう心から思えた場所であった。

一通り館内を満喫した私は、先程のご婦人の言葉を思い出し、部屋の奥の扉を見つめた。
「ここ、入っていいんだよね」
誰に聞こえるわけでもないのに、私は少しの不安を抱きつつドアノブに手をかけて、ゆっくりとそれを押し開けた。

そこに広がっていたのは、私が最も愛した絵本の1ページだった。
広い空に小さな丘。そのてっぺんに一つのベンチと1本の木がぽつり、とあるその景色は、私がこの作家のことを好きだと感じた最初の1ページと全く同じで、私はドアを知らぬ間に閉じ、そのままその場で呆然と立ち尽くしていた。

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どこからか吹いてくる風に導かれるようにして私は一歩、一歩とそのベンチに歩み寄る。足を踏み入れる度に目の前が滲んで何度も何度も手で擦った。
そして、たどり着いたベンチにゆっくりと座る。絶え間なく流れてくる涙を放置して、私はただ前を見つめた。私の愛した絵本の世界に自分が入り込んでいる感覚が、どうしようもなくて。私はここを「心のふるさと」と例えた。

そんなふるさとに、私は時折帰ってくる。1時間半と2時間程かけて。そこで待っている確かな安らぎを私はきっと求めているのだと思う。