私はひとりっ子で、親戚も遠い所に住んでいた。それを逃げ道の理由にしているのか、性格なのかは分からないけれど、人と関わるのを避けて1人きりで過ごす時間が長かった。
保育園や小学校などの集団生活が始まっても、兄弟や親戚と遊ぶ時間が長い子どもに比べると同じ年の人に対してどう接していいか分からず、おどおどと戸惑う時間が多かった。

小さい頃は妄想と現実の区別がつかず、架空の話をよく家族や友達にしていた。一時「嘘つき」と呼ばれて友達ができない時期もあった。今でも小さい頃に犬や鳥が家にいた記憶があるが、それは私の妄想の記憶だったりもする。

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小学校の頃、休み時間に他のクラスメイトが外で遊ぶ中、私は気分が乗らないと断り図書館に通うようになった。
私にとって図書館は天国のように思えた。

本は架空の世界が無数に広がる。まるで自分が肯定されている気分だった。
図書館は家にある本以外にこんなにたくさんの本がある事に心躍った反面、小学校を卒業するまでに全部読めないかもしれないと怖くなったほどだった。
だからと言って国語が得意だったわけではない。物語を勝手に深読みしたりしてあまり良い点ではなかった。

しかし、小学3年生の時の先生が国語のテストの問題を解かずにテストの物語の続きを書いた答案用紙に満点をつけてくれた。
そして先生は私に「学級新聞で毎月なにか書いてくれない?」と言った。
少し戸惑ったが、とても嬉しかった。今でもその出来事にはとても感謝している。
そこから、毎月毎月4コマ漫画を提出した。

今まで話した事のない生徒達に「来月も楽しみにしてる」「あの話の続きはあるの?」など声をかけてもらえるようになった。
それまで他人との関わりを避けて、本の中に逃げていた私は文章を書く事で人との繋がりができたのだ。

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中学生、高校生となり、私は現在までノートを手放せずにいる。何か物事が起きた時や感情の変化を人に話せない私は、ノートが心の拠り所になった。そして、ノートは私に答えを与えてくれる。

ネガティブな感情で頭の中が溢れた時、私はその言葉をノートに書くようにしている。例えば、「私は可愛くない」「私は愛されない」頭に浮かぶネガティブな言葉をノートに書いていくと、なぜそう思うようになったのかが見えてくる。

中学生の頃、ツインテールをして学校へ行った時に「変な髪型」と言われてから、私は可愛くないんだと思うようになり、自分の好きなファッションや髪型より他人に変だと思われないようなものを選んでしまっていた。
離婚をした時、「私は愛されない」と思ってしまった。
そうやって文章は私の心を落ち着かせ、安定させ、本当の自分を思い出させてくれる。

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そして文章は私に夢を与えた。今でも頭の中にある無数の架空の物語をパソコンに打ち込む。
私の夢は自分の作品を作り続ける事。私は自分の書いた物語が「嘘つき」と呼ばれた幼い頃の私を癒すのだ。
私にとって文章は人生を鮮やかにする行為。これからもずっと私のそばで支えてくれる。