私は結構、考えたり引きずったりするタイプで、よくうじうじ虫になっている。ああ、何であんなことしちゃったんだろうってお風呂に入っているときに、仕事で失敗したことを思い出して、うじうじ落ち込むこともあれば。周りの結婚ラッシュに焦り、将来への不安が急に出てきて夜中にうじうじ考え込むこともある。めんどくさいモード発令である。もっとサバサバした性格だったらよかったのになあ。根本的に自信がないのかもしれない。そう考えて自己啓発本を読み漁っていた時期もあった。

明るかった過去の私も今のうじうじ虫の私も、全部含めて私

私って昔からこんな性格だったっけ? 学生時代を思い出してみると、小学校中学年まではどちらかというと正反対な性格だった。活発で冗談を言ってクラスのみんなを笑かしてみたり、積極的に手を挙げて発言したりするような子だった。男子と平気でたたき合いの喧嘩をすることもあった。明るい性格だった。でも、高学年になって女子のグループができて周りの目を気にすることが多くなった。何も考えず発言していたのが、嫌われないようにと言葉を選んで相手の顔色を見て話していたような気がする。そこから、大人までずっと続いている。人間関係の悩みって小学生のころから始まっていたんだなあ。女子特有の難しさもあるのだろう。

っと、まあ振り返ってみたけれど、昔の明るかった自分も、今のうじうじ虫の自分も、全部含めて自分なんだろうなと思う。色々自己啓発本を読んだり調べたりして工夫してみたけど、一周回って分かったことがある。性格というのはなかなか変わらない(笑)。もうこうなったら、うじうじ虫の自分を受け入れるしかない。そう捉えると気持ちが少し楽になる。

うじうじ虫はダメ? ううん、実はすごいエネルギーを秘めている

それに、うじうじ虫にもいいところがあると思うんだ。そりゃあ、精神衛生上はよくないかもしれないけれど、その悩んだり考えたりしていることってすごいエネルギーを秘めているような気がする。例えばそのときの気持ちを文章にして「書く」ことによって前向きなエネルギーに変換できるかもしれない。後で自分が書いたものを振り返ったときに、そんなときもあったんだって頑張ろうと思えるかもしれない。また誰かに読んでもらうことで、その人の心に届くかもしれない。あと、考えることって、立ち止まって丁寧に生きていることにつながっていくんじゃないかな。そう、私は「うじうじ」を美化してやろうと思う。

「書いて」いる私は明るくて あの頃の私はまだ生きている

「書く」ことは自由だ。もやもやした気持ちを言葉にして文章にすることで、もう一人の自分が気ままに自然体で羽ばたくことができる。何を書いたっていい(ただし、人を傷づけることはだめだが)。そういえば、私って話を創作することが小さいころから好きだった。小学校の休み時間に自由帳を机の中からごそごそと出して、イラストつきのお話を書いてみんなに読んでもらうことが楽しかった。ちょっとドジな魔法使いのおばあさんが出てくる話。子どもたちが戦士となって悪い敵をやっつける話。おもしろい話を考えてみんなをけらけらと笑かしていたっけ。算数や国語のノートは大嫌いだったけど、自由帳を使うのは大好きだった。ノートの中は空想の世界が広がっていて夢でいっぱいだった。

 あれから大人になって、現実世界を知り自由に書くことをやめていた。でも、再び私はノートを開き、今、あふれる自分の思いを「書き」始める。使うのはB罫線ノートで、書く内容も変わってしまったけれど、文章を「書いて」いるときの自分は、明るく活発だ。あのときの自分はまだ生きている。
うじうじ虫でもいいじゃないか。「うじうじ」のイメージを変えよう。エネルギーに変えてやるんだ。矛盾しているかもしれないが、そうして、私はきょうも前向きにうじうじ虫になっている。