青白い満月の夜だった。
幼稚園の頃は黄色で塗りつぶしていたけれど、月は大抵、白っぽい。
雪が降っている。手足はかじかんで上手く動かないけれど、背中だけは寒くない。肩に食い込むほど大量の参考書とノートが断熱材として働いているからだ。
握れという信号も上手く伝わらなくなった右手。その指には小さなビニール袋。内容量200mlなら重さはどのくらいになるだろう。密度が分かれば計算できるのに。
今日はそんなことを考えたくないのに、私の脳は勝手に働き出す。

◎          ◎

子どもの頃よく散歩した100段階段。でも実際は100段もなかった。昔数えたのに、今は階段の段数なんかを居候させる脳のキャパシティはない。

階段にどすんと腰をおろし、カップを開ける。それは満月と同じ色をしていた。
むしゃくしゃをぶつけるように、滑らかな表面に木のスプーンを突き刺す。コンビニの冷凍庫を出てそこそこの時間が経っているはずなのに、ほんの数ミリしか刺さらなかった。
仕方なく、削りとっていく。全然すくえない。次第に寒気にさらされた右手も、アイスに冷やされた左手も、感覚がおぼつかなくなってきた。
やっと掘り出した欠片を口に放り込む。アイスはいつまでも溶けず、ただもそもそと異物として口の中に居座った。味なんて分からない。冷たさが口の中を突き刺して痛かった。痛さから逃れようとアイスを舌で転がす。
ふぅと吐き出す息は、手を温める蒸気ではなくて、幽霊のような冷気。

断熱材を降ろした。制服の隙間から風が入り込む。寒くて、痛い。でもあえて降ろしたんだ。あえてアイスを買ったんだ。痛いと分かっていたから選んだんだ。

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何をやっても成績が上がらない。周りは私を努力の天才と言ってくれるけれど、学力の天才でなければ何の意味も価値もありはしないのだ。
みんな悩み、苦しみながらも着実に成長していく。私だけが現状維持。
落ちていないならいいじゃないかと慰めてくれた人がいる。でも、それは合格の可能性が下がっていくということだ。私が変わらなくても周りが私を越えていけば順位は下がる。雪の中、突っ立っていればいずれ埋もれるのと同じだ。
「痛いよ」
何もかもが。頭が痛い。お腹が痛い。心が痛い。
私が私であることが痛い。誰か私を救ってよ。でも誰かに救われる時はきっと、私が夢を諦める時。救われるのが何よりも痛いことは私が一番分かっている。いや、私にしか分からないだろう。
だから、抜けられない痛みを滑らかな満月にぶつけ続けた。月が少しずつ削れていく。傷だらけの満月はちっとも綺麗ではないのに、皮肉にもクレーターだらけの本物のようだった。階段に背中を預け、満月の横に並べて掲げる。そっくりだった。

もう少し耐えたら、私の偏差値、上がるかな。もう少し傷ついたら、私は本物になれるかな。ずっとなりたかった、本物の薬剤師に。

涙が勝手に落ちてゆく。目頭が、熱く熱を帯びていく。雪が降り積もる寒空の下、口の中のアイスがじんわり溶けていった。