私は新幹線の待合室でひとり、膝を抱えて泣いていた。
この文章を読んだあなたは、これは私が何歳のときの出来事だと思うだろうか。
5歳?親とはぐれたのかもしれない。確かに。
それとも10歳?初めてひとりで新幹線に乗ったのかもしれない。迷子かな。
どれも不正解だ。正解は、18歳。大学1年生の私である。

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大学時代、新幹線通学をしていた。
仙台から福島まで地下鉄で15分、新幹線で30分、その後乗り換えてまた10分、そして構内まで歩いて10分。これだけなら大したことないが、乗り換えの待ち時間を含めると、通学時間は片道約2時間。
今考えれば正気の沙汰でないが、今だって車を1時間半運転してやっと着く会社に勤めているのだから、大して変わりない。

1年生の頃、実習型の講義を取った。夏休みに小学生とキャンプに行く、と聞くと楽しそうだが、そのための準備に半年近くをかける、とても大変な講義だ。毎日4限まで講義を行ったあと、空き教室で同じチームのメンバーと深夜遅くまで話し合いをしたり、準備をしたりと忙しい日々を送った。私は新幹線通学だからと、毎日21時には帰してもらっていた。他のメンバーはほぼ毎日、時計の針が12を回るまで作業をしていた。今の仕事よりよっぽどきつい環境である。

先程も書いたが、新幹線に乗っている時間はたったの30分である。ドラマを見たら見終わらないし、寝て起きたら仙台を通り越す。しかし、ほとんどの新幹線は仙台駅が終点である。

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ある日のことである。心身ともに疲れ果てた私は、「何でここまでして毎日作業を行わなくてはいけないのだ」「何でこんな思いをしなくてはいけないのだ」とゴチャついた頭で泣きながら新幹線に乗り、背もたれを倒し、寝心地の良い座席に安心して、寝た。
目が覚めるとそこは、見知らぬ土地だった。……というのは言い過ぎだが、いつもなら見ないほど真っ暗な窓の外に、「もしや」と嫌な予感が頭をよぎった。まさか、寝過ごした?
この新幹線の終点が仙台をとうに通り越した盛岡であることに気がついたのは、
「次は、くりこま高原」
というアナウンスによって。

私は焦った。とにかく焦った。時刻はもう22時をとっくの昔に過ぎている。
というか、今、何時?
ここ、どこ?
え、どうするの?
パニックのまま新幹線の扉から飛び降りた。
くりこま高原?もちろん知らない。仙台~福島間の駅しか知らない。乗らないのだから。
改札で震える声で、
「仙台行きの新幹線は、何時に出ますか」
と尋ねた。
「もうないですね」
まさに死刑宣告である。

私は泣きべそをかきながら、新幹線の待合室で待っていた。親の車を。両親に連絡すると、
「車で迎えに行く」
と焦った声で返事があった。私が泣いていたからか、怒られはしなかった。
1時間ほど待っただろうか。父親から電話があった。
「着いたよ」
涙をぬぐって車に乗り込んだ。

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車の中は、私の謝る声と、私がしゃくりあげる声しかなかった。父は困ったように眉を下げたまま、黙って運転していた。
「コンビニ、寄ろうか」
やっと泣き止み、だが申し訳なさのあまり何も声を発せない私に、父がそう言った。
夜中のコンビニは、店員と、父と、私しかいなかった。
「アイス、食べる?」
ほら、とショーケースの前で父が手招きし、私はアイスが並ぶケースをぼうっと眺めた。
「ほら。どれがいい?」
夜中に運転させた申し訳なさと、寝過ごしてしまった自分の不甲斐なさと、そんな中何も出来ない無力さで、どのアイスを取っても私には不釣り合いな気がして、どれを選ぶこともできなかった。

「お父さんは、どれにするの」
おずおずと切り出した私に、父は苦笑しながらガリガリ君を手に取った。ソーダ味のガリガリ君。
「お。これ、梨味もある」
「じゃあ、それにする。あの、梨、食べたかったし」
父がまとめて会計をしてくれた。私はその右斜め後ろで、父の背中を眺めていた。

運転を開始する前に父はガリガリ君を食べ終え、モタモタと食べる私は、父親が運転する横で梨味のガリガリ君を舐めながら(噛むと歯が痛くて噛めなかったのだ)、今の講義がしんどいこと、けれど同級生はもっと大変なこと、だけどやりがいは一応あるということ、社会人になったらもっと大変だと言われたということ、新幹線で起きたときに血の気が引いたこと、父親に迎えに来てもらって本当に良かったこと、ガリガリ君が美味しいこと、まるで噴水の栓が抜けたかのように、とにかく喋った。父は相槌を打ちながら、たまに顔をしかめたり、笑ったりした。

「あ、これ、すっごく美味しいよ。多分お父さんが食べたソーダ味より美味しいよ。次絶対食べたほうがいい。私のひとくちあげるよ」
と言い無理やり食べさせると、私のガリガリ君を食べた父親は、
「本当だ。ちゃんと梨の味がする。でもお父さんはあんまりアイス食べたりしないからなあ」
と、なぜか嬉しそうに答えた。
寝てていいよ、と言われたものの眠気もなくなってしまった私は、家につくまで、それはもうまるで言葉を覚えた子どものように、話し続けた。

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駐車場に着き、
「あの……」
と改めて口を開けば、ん?と首を傾げられた。
「本当に、ありがと。あの……」
「アイス?」
「アイス!もだけど、その、車、ごめんね」
「次からは仙台終点の電車以外乗らないこと。寝ちゃうことはお父さんもよくやるし。……よし、家に戻るぞ。アイスのゴミは、お父さんが捨てといてやる」
「え、いいの。それじゃあ、お願いします」
素直にガリガリ君の棒と包みを渡せば、父はまた、笑った。
「美味しかった。ほんとに。今まで食べたアイスで一番」
先を行く父の背中に声をかけると、
「ん。良かったよかった」
と、父は右手に持ったアイスの袋を、ヒラヒラと振った。