「年齢を重ねると、付き合う友達も変わるからね」 
社会人になったばかりの頃、人間関係に悩み、諸先輩方に相談する度に返ってくる答えは、どこか軽薄に感じられた。せっかく縁のあった友達と、関係を続けていたいのに。
だけど実際は難しい願望だと、20代後半に入って痛感した。

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大学時代、やけに親しくしてきた彼女とは、語学の授業で知り合った。
少しふっくらした小柄な体型で、可愛らしい顔。人懐っこくて、愛嬌があった。キャンパスライフは男女9人グループで行動し、“いつメン”がいない授業でも、必ず仲の良い友達がいた。まさに愛されキャラ。交友関係も広かった。

「友達がいないわけじゃないし、わざわざ私と仲良くしなくても」
母子家庭でお金がなく、週6日、10時間以上のシフトでアルバイトしている私にとって、友達と過ごす時間を持つ余裕はなかった。彼女のような存在はありがたかったが、遊ぶ時間がなかなか取れず、予定を合わせてもらうばかり。疲労から不機嫌な日も多く、一緒にいても申し訳なさが勝った。

それでも彼女は、しばしば遊びに行こうと誘ってくれ、下宿するアパートにも、家のように泊まるよう勧めてくれた。彼女の提案で、誕生日には手作りのアルバムをプレゼントし合い、旅行もした。自由に使えるお金と時間が限られていた学生生活だったが、彼女との思い出で彩られた。

「ひとりで頑張るなよ」。社会人になってからも頻繁に連絡があった。県外就職した、独りの私を相変わらず気にかけてくれた。仕事や恋愛、お互いにSNSで近況報告し、相談も気軽にできる仲のままだった。

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距離を感じるようになったのは、社会人になって2年目だったように記憶している。
夏休みを合わせ、社会人になって初めての旅行を計画した。当日はそれぞれの住む場所から目的地へ向かった。

飛行機に乗り遅れるという考えられない失態をおかし、着いた頃にはすっかり日が暮れていた。
「ほんと、どんくさいな~長旅だったね、お疲れ様。来られてよかった」
半日待たせたにもかかわらず、彼女は笑顔で迎えてくれた。居酒屋でお酒を飲み、ほろ酔い気分で初日を終えた。

翌日、レンタカーでドライブしながら名所を巡った。いつもなら、一人で延々と口を動かしている彼女が、やけに静かだ。
「最近、彼とはどう?」
「仕事は順調?」
いろんな質問を投げかけたが、愚痴をこぼすわけでも、解決に向けて相談を持ち掛けるわけでもなく、曖昧な返答ばかりで話は続かなかった。きれいな景色を見たり、ご当地グルメを堪能したり、楽しい旅になったが、違和感が残ったままだった。

それから、連絡が来る頻度は減ったものの、私は変わらず、送り続けた。1年後、結婚より前に子どもができたと唐突に報告があり、里帰りしているから遊びに来てほしいと要望があった。半日かけて会いにいったものの、やはり口数は少なかった。
彼女は、私に何を求めていたのか。あの時、私の存在は力になっていたのか。いまだに分からない。

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2年後、私も結婚し、子どもを授かった。
人生の節目を迎えると彼女の顔が思い浮かぶし、報告するが、自然とできた溝はいまだに埋められていない。付き合っていきたい、という思いは変わらないものの、過去の彼女を追い求めてしまう自分が嫌で、今は少し、距離を置いている。

学生だったあの頃、友達と過ごすより、授業料や留学資金と自己投資のために必死に稼いでいた私は、早く、一人前になりたかった。
社会人になり、毎月の給与と年2回の賞与を手にするようになってから、出世払いという選択肢があったと後悔する。
急いで大人にならなくても、独り立ちしないといけない時は必ず来る。子どもでいられる時間を楽しめばよかった。友達と飲み明かしたり、好きなサークル活動に時間とお金をかけたり……。学生時代には気付けなかった、いや、見て見ぬふりをしていた。「今しかできないこと」ってある。

生き急いでいた私だが、当時の彼女はそれを教えてくれて、おかげで学生生活が充実した事実は変わらない。できるのなら “お金に飢えた学生”だったかつての私に100万円を手渡し、キャンパスライフをもっと充実させてほしいところだが、過去には戻れないのだ。

せめて、娘には同じ思いをさせまいと、妊娠した昨冬、毎月2万円の貯金を始めた。子どもが大学生になる18年後には、授業料と、わずかながらも自由に使えるお金が貯まっているはずだ。100万円が手に入れば、迷わず娘のための貯金にまわす。

彼女との関係が今後どうなるか、分からないが、今は子育てに専念しよう。いつか、彼女と楽しい時間を過ごせる日が戻ってくると信じて。