「300万円、貯金がなければ1人暮らし出来ない!」
そう言い聞かせられて生きていた。いや、言いくるめられていたように思う。
母の言葉だった。
なぜ300万円なのか?その根拠は?ひとり暮らし経験のない貴方に言える言葉か?
娘の私は心で反論し続けていた。

実家から出ようとすると両親が猛反対。「契約、取り消してきたから」

23歳の時、転居を試みた事があった。
異動で勤務地が遠方になり、更に繁忙期となり、とても実家から通える状況ではなくなった為だ。
忙しい合間を縫って物件を見て回り、「ここだ!」と思える住まいを見つけた私は、住まい探しに真摯に付き添ってくれた不動産担当者さんと仮契約を交わした。
窓から見える夕陽がキラキラと綺麗だった。早速、仮契約金も支払った。あとは保証人だけだったのだが、両親は猛反対した。

「契約、取り消して来たから。お金も返金される。もう大丈夫!」
いよいよ仕事が忙しくなり、どうしたものかと思っていたある日、両親は私に素っ頓狂な報告を言い渡した。
何が大丈夫なのか、訳がわからず耳を疑った。後日、口座に仮契約金がそっくりそのまま戻っていた。手元のお金が増えても、私はちっとも嬉しくなかった。

残酷にも時は過ぎて行き、切羽詰まった私は、職場に寝泊まりするようになった。当時、子ども達と関わる仕事だったのだが、日中は裏に隠していた寝袋を子どもに発見されて笑われた事もあった。悔しかった。惨めで心は怒っていた。

「君が払うのが1番良い。立て替えておいてよ!」
職場は職場で、私にお金を要求した。職場のテナント出店料が未納で督促が届いたので会社本部に相談したら、そう言われた。
住居費・交通費もまともに享受出来ていない新人の私に、あっけらかんと大金を無心する会社にカチンと来た。当然断ったが、不信感は募るばかりだった。そして年度末で辞めた。

27歳になる年、再び転居を試みた。
あれから転職したのだが、やはり忙しくなるに連れて、不便な実家が足枷となっていたのだ。
お金に関しても、投資も含めれば貯金300万円を達成した。年齢も重ねた。もう文句など付けようがない筈だった。

協力してくれる人に事情を打ち明け、秘密裏に転居実行

「保証人にはならない。結婚するまで実家に住めば良いじゃないか!」
早く結婚しろだの、家から出てけだの、〇〇さん家は孫がいるだの、散々な言われ様だったので少々期待をしていたが、この回答だった。
もう何が何でも、両親は私に反対したいのだなと悟った。

「もう帰って来るな!もう家の物を一切使うな!そして何も食べるな!」
27歳の誕生日、家族に散々振り回されて、私の心はボロボロだった。仕事だって大変だった。
それでもせめて、誕生日くらいは自分を大切にしたくて、その日の自分を護る為に、私は本当に用心深く生きていた。そこに母から渾身の罵詈雑言が浴びせられた。生きる気力が殺がれた。
こうして大切に待ち望んだ筈の誕生日当日、私は泣きっ面で、物件探しをする羽目になったのだった。

敢えて、23歳の時と同じ不動産屋に相談した。話がある程度まとまった時、未成年でなければ契約者本人の同意無く勝手に契約が取り消される事は有り得ないのだと教わった。しかし23歳の時にそれは私の許可なく実行され、その後の生活はそれはとても大変だったのだと話した。
私は安心して生きる為の住まいが欲しかった。保証人不要の物件がある事も知ったが、見に行くとやはり治安の面に不安が残った。安心要素は外せないと改めて思った。

「保証人なしで大家さんの許可が出ました!Lib.shokoさん、引っ越せますよ!」
念願叶って、保証会社加入のみで転居出来る事が決まった。引越会社にも同様に内情を打ち明け、親に勘付かれないよう水面下で引越準備を進めていった。
そしてとうとう、私は転居に成功した。

「リサイクルショップも紹介出来ますよ。お手伝い出来る事があれば何なりと!」
家具家電の入手に苦戦していると、引越会社の人がリサイクルショップを紹介してくれた。紹介割もあったお陰で、信じられない価格で一通りの物が揃った。
今までの心配をよそに、私の新居ライフはすこぶる快適なのだった。

可愛い子にも、そうでなくても旅をさせて。ちゃんと生き抜くから

そして今、愛しの新居ライフに私はピリオドを打とうとしている。
恋人と出逢い、時期を見て、一緒に住まい、真の家族となる夢が出来たからだ。
その暁には、また同じ引越会社に頼みたいと考えている。

「1人暮らしに300万円は本当に必要か?」
冷静に考えてみる。
結論、あれば安心だが、なくても生きてゆけるものだ。
生活力を高めれば、その経験と価値に見合った人と惹き合う。世の中は上手い具合に出来ている。

このエッセイを書きながら、今のわが家にふと目を凝らすと、愛おしさが込み上げてくる。
確かにお金で買い集めた物の結集だけれど、1つ1つに思い入れがあり、100円で買った物も1万円で買った物も甲乙つけ難く愛おしい。

お金の使い途は見出した価値への投資で、お金を使う事についてそんなに悲観しなくても良いと思う。
知らないから恐い。わからないから苛々しちゃう。自分は恐れて立ち止まっているのにひょいと先を越されてたまるか!というヤケな意地と道連れ意識……親という人間には、そういう弱さがあったのだと思う。

可愛い子にも、可愛くない子にも、旅をさせて下さい。
お金を駆使して、ちゃんと生き抜きますから。