18歳の春、引っ越し準備をすませ、実家での最後の夜を過ごす。
東京の大学への進学が決まり、親元を離れて一人暮らしすることになったのだ。
18年間ずっと田舎で暮らしてきたから、東京に行くのは少し緊張するけど、親元を離れることにあまり抵抗はなかった。
むしろ憧れの一人暮らしに浮かれてた。
両親のことは大好きだけど、ちょっとの間離れるのなんて別にどうってことない、すぐ会えるし。
そんな風に思ってた。
でもなんだか眠れなくて、久しぶりに両親に手紙でも書こうかな、なんて急に思い立った。

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教科書と教科書の間にはさまってた、小学生のころ好きだったキャラクターの便箋。
これこれ、なつかしいなあ。
手紙なんて10年くらい書いてないなって思いながら、ボールペンを持った。

とにかく書いてみた。心に浮かんできたふわっとした気持ちを。
出てきたままの言葉をそのまま。
ひたすら書いた。
ボールペンが便箋の真ん中くらいまで来たとき、着ていたパーカーのポッケの色が変わってる。
「あれ、わたし泣いてる……?」

両親のこと大好きだってわかってたけど、ちょっとくらい離れるのなんてぜんぜん平気だと思ってたのに。
一人暮らし楽しみ~って浮かれてたのに。
手紙を書いて気づいた、自分の気持ちに。
離れたくなかったんだ、ずっと一緒にいたかったんだ、自分が思っている以上に大好きだったんだって。

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文章を書く。
それは自分の気持ちに気づかせてくれること。
自分でも気づいていない、本当の気持ちを教えてくれる。
自分の中でもやもやしているものを形にしてくれる。
わたしこんな風に思ってたんだ……って気づかせてくれる。

文章を書く。
忘れたくない思いを形にして残すこと。
楽しかったこと、悲しかったこと、うれしかったこと。
感謝の気持ち。
感じた瞬間は覚えているけどすぐ忘れてしまう。
そんな忘れたくない記憶を残すために文章にして残す。

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SNSが広く使われる現代。
かんたんにいつでも誰にでも連絡できる時代。
そんな時代に生きていることに甘えて、いつでも連絡できるしって、今じゃなくていいっかって、自分の気持ちを伝えることを後回しにしちゃってる人、多いと思う。

思い出を写真で簡単に残せる時代。
とりあえず映え写真を撮ってSNSにアップ。
ああ楽しかったな。これで終わり。
まだSNSなんてなかった私が小学生だったとき、夏休みの宿題で日記が出た。
書いたのはどれもなんてことない日常の思い出だったけど、今でも何書いたかなんとなく覚えてる。
友達家族と一緒にBBQしたこと。
おじいちゃんおばあちゃんと温泉に行ったこと。
近くの海で泳いだこと。
わざわざ文章にしたからこそ覚えてるんだろうな。

短い文章が好まれる時代。
SNSには「それな」「わかる」みたいな単語ばっか。
ちゃんとした文章なんてなかなかない。
自分の気持ちに関係なく、とりあえず共感しとく、みたいなコミュニケーションで溢れてる。
普段の会話も、本当に思ってなくてもとりあえず共感。
気づけばちゃんと文章を書くのなんて学校の課題くらい。

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文章を書くことでしか気づけない思いがある。
文字にすることでしか残せない思い出がある。
文章でしか伝わらない思いがある。
自分の言葉でつづることは人生を豊かにしてくれると思う。
SNS時代に生きる私たちには文章を書くのなんて面倒だと思うけど、便利な時代に甘えずぜひ積極的に文章を書くように心がけてみてほしい。
文章を書くことで、自分の気持ちと向き合いながら生きれば、忘れたくない思い出を心に刻んで生きれば、伝えたい思いを正直に伝えるようにすれば、人生は倍楽しくなると思うから。