3日後の帰国に備えて、PCR検査を受けに行く日。留学中ずっとお世話になった日本人のオンニ(韓国語で女性から見た「お姉さん」の意)と、「PCRデートだね」なんて言いながら病院へと向かう。
オンニとは語学学校のクラスも同じで、週末に遊びに行くのも含めれば、ほぼ毎日顔を合わせていた。おまけに帰国便も一緒。だから自然と留学終了へのカウントダウンの道のりを二人三脚で歩いていた。

「留学が終わるなんて全然実感湧かないよね」
そう話していたのはたったの2週間前なのに、今ではそんな会話すらない。終わる実感がなくても確実に終わっていくこと、着実に終わらせなければならないことを分かっていたからだ。その準備のひとつが陰性証明書の取得、すなわちPCR検査を受けることだった。

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予約した14時半に間に合うように、余裕をもって受付窓口に行くと、検査会場は病院横に設置された屋外テントだと案内された。「こんな寒い日に屋外かぁ……。まあ予約もしたしすぐ呼ばれるよね」とテントの中へと入っていく。

テントの中は思ったよりも人が多く、用意された椅子はすでに埋まっていた。私たちは椅子に座るのを諦め、せめてもの想いでストーブの前に立った。
2~3分間隔で1人ずつ名前が呼ばれ、呼ばれた人はカーテンの奥へ進んでいく。検査を受ける人はほとんど韓国人だったが、時折日本人の名前も聞こえた。

最初こそアナウンスに熱心に耳を傾け、その合間でオンニとのたわいない会話も楽しんだが、寒さと待機時間の長さにだんだん頭がぼーっとしてくる。
「陰性だったらいいな」
「部屋の荷物整理しないとな」
「帰国したら就活か……」
「この留学、私ちゃんと頑張れたのかな……」
感情とは離れた場所でそんなことを思った。

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気づけば時刻は15時を回っていた。「15時半までには受けたいよね」とオンニと短く言葉を交わす。予約の意味を感じさせないこの適当加減もどことなく韓国らしいなと感じる。
そういえば、近くで待機していた韓国人の方に2度ほど声をかけられたりもした。1人は「ストーブに近づきすぎると危ないよ」と注意してくれ、もう1人は「もう呼ばれましたか?」と尋ねてきた。呼ばれてたらここにいないんだけどなと思いながら、短い返事とともに軽く首を振る。

その時は気づかなかったけれど、こういう見知らぬ人とのコミュニケーションも韓国らしかったなと今になって思う。それが韓国という国が持つ温かさだったな、とも。
道が分からなければアプリよりもまず人を頼り、重い荷物を持っていれば誰かしら「手伝いましょうか?」と声をかけてくれる。いずれも中年以上のおじさんやおばさんが多いけれど。人と人とが近いというか、見ず知らずの人に対しても「情」があるというか。

こんなことを思ったのもやはり後日のことで、この日は主に「寒い」「早く」を交互に思っていただけだった。結局15時半過ぎてようやく名前を呼ばれ、検査理由など簡単な質問に答えたあと、ついにカーテンの奥へと進むことができた。

実は鼻に突っ込まれる長い綿棒に幾らか恐怖を覚えていたが、寒さやら何やらのおかげで全く怖くも痛くもなかった。

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韓国での寒かったあの日。思い出せば、名前のつけ難い細かい感情たちが私の胸をかすめる。
それは留学を無事にやり遂げた自分自身への賞賛と、それでもなお生じる若干の後悔、コロナ禍による苦労と達成感、現地で出会った縁への感謝、韓国という国に対する様々な感想。その全部のようでもあるし、その何にも当てはまらないような気もする。

その感情たちのために私が用意できる言葉は、悔しくも「万感の思い」に尽きるのだ。