先生は言った。
「だから私、旦那に言いました。『そんなつらいなら仕事辞めたら』って」

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中3の時、先生と出会った。能面のような顔をした、品の良い社会科の先生。
ルールに厳しい人だったので、生意気盛りの中高生からの人気は両極端だったけれど、私は先生が大好きだった。厳しくても理不尽なことは言わなかった。どんなことでも一度しっかりこちらの話も聞いてくれた。気の利いた一言は言えなくても静かに寄り添ってくれた。
授業がとんでもなく面白かった。そして授業終わりにどんな質問でも一緒に考えて答えてくれた。
彼女はことあるごとに私たち生徒、特に女性が生きていく上で役立つ知識や経験を話してくれる人だった。結婚しても子どもを持たないと決めた理由、幸せにはいろんな形がある、結婚詐欺の対処法など。教室の半分くらいは寝ている午後一の授業でさえ、私は彼女の話に真剣に耳を傾けていた。

そんなある日の授業で先生が語ったのが、冒頭の言葉。
先生の旦那さんは鬱一歩手前で仕事を辞め、今は専業主夫として家を守っているらしい。そのきっかけとなったのが、妻である先生が言った「そんなつらいなら仕事辞めたら」だったそうだ。

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かっこいいと思った。
日本人の社会に染み付いてきた男女の格差は未だに色濃く残っている。女性の社会参加、なんてことが叫ばれるようになった中でも、その実現にはほど遠いのが現状で、女性の賃金は男性の7割程度にしか届かない。
加えて家事や育児は女性がやって当たり前という風潮、さらに育児休暇を使ってスキルアップを……と女性の社会参加を取り違えた国の偉い人の発言まで出てくるのだから、日本の性別における格差はまだまだなくならないだろう。ただでさえ物価の上昇は止まらないのに賃金は上がらず、生活は圧迫される一方だ。
「仕事辞めたら」。子どもを持たずバリバリのキャリアウーマンであったとはいえ、その一言を言うためにどれほどの覚悟が必要だっただろうか。

思うに先生は妻であること、女性であることよりも前に、一人の人間として旦那さんと対等な存在だったのだと思う。社会によってもたらされた理不尽な男女格差を無意識に諦めるのではなく、一人の人間としてやるべきこと、成しうることを成しただけなのだと思う。
けれどそれはきっとこの社会ではあまりに難しいことだ。先生にそれができたのは、彼女が"人に頼らず、自分のことは自分で"を実践してきたゆえだろう。そのために積み重ねてきた努力と経験があったからこそ、いざという時大切な人を守ろうと動けたのだと思う。

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こうして専業主夫になった先生の旦那さんは、特別家事ができるわけではなかったらしい。むしろこれまでは自分で家事をしてこなかった人だそうだ。
「そこは仕込みました」と先生は笑う。そんなところまで先生らしいというか、強いなぁと思った。話の最後に、先生はこう付け加えた。
「私たちは子どもを持つ人生を選ばなかったけれど、仕事を通してあなた方のようなかわいらしいお嬢さんを育てる手伝いをさせてもらえてしあわせです。だからこの学園で過ごした日々を二度と思い出さないくらい、しあわせな人生を歩んでくださいね」

私は悩んだ時、今でも先生を思い出す。思い出すなと言われたけれど、過去を羨んでの回顧ではないので許して欲しい。むしろ先生と出会った過去があるからいまの私がいて、未来に繋がっていく。
私が将来、結婚をするかどうかはわからない。むしろいまは一人でいるのが楽しくて、誰かと連れ添う必要性を特に感じないから、このまま一人で一生を終えるかもしれない。
けれどそれならそれで、先生が教えてくれた"女性であることに甘えず、自分でしあわせを切り拓く力"を持っている私でありたい。