高校の頃、友達に「放課後、学校の裏にある歯医者に行くのだが、ついてきてくれないか」と頼まれた。初めてのシチュエーションが面白くてOKした。
ところが、彼女は保険証を家に忘れてきたという。そこで彼女の母が保険証を持って来て、私たちは放課後近くのスーパーの駐車場でそれを受け取ってから、歯医者に向かった。

ここで当然の疑問が湧いてくる。
せっかくお母さんが来たのなら、お母さんと歯医者に行けば良かったのではないか。

私はその疑問を素直に口にした。すると彼女はこう答えた。
「だって貴方と先に約束したのに、お母さんが来たからやっぱり貴方は来なくていい、なんて貴方に失礼じゃない。貴方が都合の良い女みたいで」

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上手く言えないけれど、私はその言葉で一気に彼女のことが好きになってしまった。まだ未熟な高校生だったのに、「相手に失礼」という感覚を持っていることに驚いたし、感動したのだ。
私はこの時まで、似たような場面では「やっぱり貴方は来なくていい」と言われることの方が多かったし、そのたび何故かモヤモヤしてしまっていたのだ。
そうか、あれは失礼なことをされていたのか、と合点がいった。

「私、絶対虫歯はないと思う」と勇み足で診察室に消えていった彼女は、数分後照れ笑いしながら出て来た。
「虫歯あったわ」
私はそれがとてもおかしくて、彼女がなんだか可愛く思えて、随分時が経ってもこの日のことをまだ鮮明に覚えている。

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彼女とは中学3年生の頃に同じクラスになり、その時はまだ顔見知り程度だった。高校も一緒で、クラス替えもなく3年間同じクラスだったけれど、親しくなったのは2年生の頃からだった。
もっと早く仲良くなりたかったと今でも思う。仲良くなってみると、彼女は優しいし、面白いし、一本筋の通った性格だった。

登下校の道中で、同じ中学だった男の子にしつこく付き纏われた時期があった。高校も同じだったので、やがて校内でも気づけば視界の中にいるようになり、彼のLINEのステータスメッセージは私へのポエミーな嘆きでいっぱいだった。
すっかり参ってしまった私は、せめて笑い話にしようと友達に面白おかしくその話をした。するとその中にいた彼女がサラッと、「方向一緒だし、明日から待ち合わせして一緒に学校行こうよ」と言ってくれたのだ。
それだけでなく、彼女は可能な限り下校も共にしてくれた。毎日飽きることなく色んな話をしながら自転車で並走した。
この時間がどれほど楽しかったことか。彼女がどれだけ私を救ってくれたことか。

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大学は別になったが、地元に戻って彼女を含む友達と遊んだり、コロナ禍以降は頻繁にLINEで通話した。会えばいつも元気になれる友人達だった。
一人暮らしでまだ知り合いもおらず、心細くて寂しかったときも、彼女は「基本出るからいつでもいくらでも電話かけておいで」と言ってくれた。本当に心強かった。

今ではお互い忙しくなりすっかりご無沙汰になってしまったが、彼女がくれた優しさは未だに私の支えになっている。一対一の大親友というほどの深い仲ではないけれど、それでも私は彼女を心の中でそっと推している。
彼女がずっと元気にご機嫌に過ごせたら良いなと、ふとした時に思うのだ。