昔、一度諦めた「好き」が、今の私の世界を輝かせている。
後悔に埋もれて見えなくなってしまっていた「好き」は、失われた訳ではなかった。
「好き」は、それぞれの人が持っている地図のようなものだ。
私が社会人になってから、昔諦めた「好き」に助けられた話をしよう。
忘れてしまいたかった、挫折の苦い経験
高校生の頃、音大の声楽科を目指していた時期があった。
ピアノを十年以上続けていたこともあり、幼い頃から音楽が大好きだった。中でもミュージカルが好きで、歌声で人を感動させる仕事につきたかった。
「好き」を仕事にしなければ……。好きなことをとことん突き詰めて、自分を表現して、お金をいただく。そういう風に生きていきたいと思っていた。
音大にいくためには、声楽のレッスンの他にも、楽典やソルフェージュなど、音楽にまつわる様々なレッスンがあった。高校では進学クラスにいたので、周りの人が大学受験に向けて勉強している中、私だけが音楽をすることになる。
今考えれば、そんなことで諦めるなんてと思うが、当時の私には耐え難い不安だった。
それに加えて、私の家は特別にお金持ちだった訳ではないので、音楽大学に入った後の学費や、レッスン代、発表会のたびにかかるドレス代や謝礼など、金銭的な不安もあった。
両親に迷惑をかけてまで、私のわがままは押し通すべきなのだろうか……?
結局、私は途中で進路をかえ、四年制の文系大学に進学した。
「好き」を諦めた、ほろ苦い挫折経験。
挫折から目をそらしたくて、大学では、サークル活動でも歌とは全く関係ないことを選んだ。
後悔から、早く解放されたかった。
苦しい思い出だった音楽が残してくれたもの
大学を卒業し就職した会社も、音楽とは全く関係のない小売業の会社だ。
しかし、そこではたくさんの出会いが待っていた。
仲良くなった同期に音楽が好きな人がいて、意気投合した。今では、ピアノの連弾をしたり、伴奏をしてもらって歌を歌ったりしている。
他にも、ジャズをやる先輩の影響で、私もジャズを聴き始めた。
会社のチェロサークルでチェロを初めて、これから弾けるようになりたい曲がたくさんある。
私の毎日が、メロディで溢れ始めた。
挫折という苦しい思い出だったはずの音楽が、今は私の毎日を彩ってくれている。
音楽のおかげで繋がれた人や、新しい世界がある。
好きなことは、それぞれが心の中に持っている「地図」のようなものだと思った。
同じ地図を持つ人とは、仲間になって目的地へ迎える。
「私の地図にも、そこ載ってるよ!」
それだけで、楽しみを共有できる。
好きを追い求めた時間が、なくなるわけではない
好きなことで描いた夢を叶えられなかった。
それはとても辛い経験だろう。「好き」に蓋をして隠してしまうほどに。
好きだから、好きだけど、だからこそ、もう触れたくない。
そんな時期もある。
でも、好きを突き詰めた時間が、なくなる訳じゃない。
それは地図になって、しっかりと残っている。
私が作ったその地図で、人生を豊かにしていけるんだ。
今では、好きだと思ったことには、全部挑戦すればいいと思うようになった。
もし失敗したとしても、私の地図が広がる。
そうやって、私は世界を広げて生きていく。