編集部のみんなと初めてランチに行った日の夕方。上司に呼ばれ、デスクから離れた大きなソファのある場所へ連れていかれた。
「上層部と話し合った結果、残念ながら今回は本採用を見送りにするという話で合意になりました」
上司が私に言い放つ。トライアル雇用終了まであと2日を切っていた。

ああ、やっぱりな。働く中で「もしかしたら本採用されないかもしれない」という悪い雰囲気は感じていた。

「トライアル雇用が終わったら、もう会社には来ないでくださいということですか?」
「そういうことになります」
「もうチャンスはないですか?」
「会社で決めたことなので」

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このやり取りが地獄だった。いきなり退職を突き付けられて、次からは来ないでくださいと言われても……。

また転職活動をしないといけない不安感。期待に満ち溢れ、「ここで頑張ろう!」と意気込んでいた会社に突き放され、生きる意味をまた失いかけた。
私と上司がいる場所は個室でもなく、まわりには他部署のデスクがあるので、他の人たちにも会話の内容はまる聞こえだ。公開処刑をされているようで恥ずかしくなった。

内容をまとめると、私の2週間の仕事状況やスキルを考えると、会社の即戦力にならず、雇用をするのは難しいとの事。

たしかにタイピングや仕事のスピードも遅かった。Rさんみたいに休日を使ってタイピングの練習をしたり、努力をしていない。やる気を出して、自分の出来ることを精一杯やっていたのに努力が足りなかった。

私が編集の仕事をやりたいという気持ちはこんなものだったのか。編集者として働いている人たちと格が違い、生きる次元も違っているのだろうか。そもそも私には編集という仕事が向いていなかったのか。自問自答を繰り返した。

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今回の件は、一緒に働いていた出版事業部の意見も参考にしたのかもしれないとの事だった。私の本採用見送りの件について、Rさんとライターさんがいつ聞いたのかは、聞いても教えてもらえなかった。聞いたら私がショックを受けるからだという理由だ。

二人はどんな気持ちで一緒にランチに行ってくれたのだろうか。あれが最初で最後のランチだったのか。そう思ったとき、我慢していた涙が溢れた。
「無償でもいいから働きたい」と伝えても、「それは無理だよ」と断られた。何を言ってもチャンスはもうない。2週間で全てが決まる。だから、入社した頃に上司が口酸っぱく注意喚起してくれていたのだ。なぜ、私はそれに気が付けなかったのか。
がむしゃらにやればいい。やる気があるだけじゃ務まらない。そういう厳しい世界なのだと伝えられた。

実際に携わっていたWebメディアの業績は悪かった。そのピンチを覆す人材が会社に必要だった。時間が経てば出来なかった事も減り、任される業務が増える。だけど、成長するスピードが遅くてはダメ。やる気だけで頑張ろうと思っていた私が情けない。もっとまわりを見ないと。夢見がちな甘ったるい考えじゃなくて、現実もちゃんと知らないと。

「俺もなんとか上に相談してみたけど……」「俺も昔、バイトをクビにされたことがある」と慰めてくれるが、私は涙を拭いながら、ただ茫然としていた。上司はいつもみたいな覇気がなく、何を話していいのか分からない雰囲気も伝わり、私に掛ける言葉も自信なさげで声が小さかった。

もし、今後もWebメディアをやりたいのなら、マルチタスクをこなせるように事務の経験をしてからの方が良い。他にも仕事はあるから。コンビニの品出しとか。トライアル雇用があと2日残っているけど、無理そうなら来ないとかでも大丈夫だよ。

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何を言っているんだ。上司の言葉に何一つ心に刺さるものはなく、ただ怒りを感じた。

まわりを蹴落としてでも自分自身の成功のために仕事をする。面接時にそんなことを口に出していた上司だ。戦力外通告を受けて、そう簡単に気持ちを切り替えることは出来ない。コンビニの品出しって。まるで私が品出ししかできない人間みたいな言い方をされて、ものすごく腹が立った。あと、接客業を甘く見ないでほしい。

Rさんがどうしてトライアル雇用を通過できたのかを上司に質問した。しかし、これも私がショックを受けるからという理由で教えてもらえなかった。

そして最終日。Rさんに今までのお礼と、「これからも(Webメディアを)楽しみにしていますね!」と嘘偽りなく伝えた。するとRさんは、「ありがとうございます~」と引きつった笑顔で応えた。マスク越しでも分かるぐらい。

RさんはWebメディアだけではなく、いずれは雑誌編集部でも仕事がしたいということは聞いていた。Rさんがライターさんと一緒に、学生インターンとWeb面接をしたり、編集部の編集長が来ていたとき、編集長から「頑張ってね」と声を掛けてもらっている姿を見たときは心底羨ましかった。私は相手にされず、ただ虚しい気持ちになった。

だけど、RさんにはWebメディアを盛り上げていって欲しいと思っていたから、「楽しみにしている」という言葉は間違っていなかった。でも、変な顔をされるぐらいなら言わなきゃ良かったと激しく後悔した。

今振り返ると、あの時にこうすればよかったと思うことがたくさんある。もっと上司やRさん、ライターさんに積極的に話しかければよかったなと。

でも、もうそれは出来ない。タイミングや運とかもあるんだろうな。それとも、わたしには他に活躍できる場所があるという暗示でもあるのだろうか。

今はまた新しい環境に一歩、踏み出した。念願だったWebメディアの企業を退職してから、自分が今後どうしていきたいのかを考えた。

たくさん休んだ。悩んでいる暇はない。以前までの編集者への憧れは不思議と薄れてしまったが、また新たにこうなっていきたいという発見も見つけた。私はやりたいと思った仕事に就く事が出来なかった。でも、やるべきことはやったし、後悔もしていない。

私が仕事にしたかった好きなことは、また別の形で続けていくと心に決めた。