地下アイドルを辞めた。
約4年間、大学を留年したり母が再婚したりと地下アイドルという職種くらいのレアなライフイベントも経験したけれど、そんなことに影響される隙が1ミリも無いほど、私はアイドル活動に熱中した。

1月、そんなアイドル活動に終止符を打った。

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ラストライブを終えてすぐに、私はたくさんのアイドルオーディションを受けた。まだアイドルをしたいと思っていたし、何よりもこれまで応援してくれたファンの人と会えなくなった寂しさに耐えられなかった。

応募条件の年齢にギリギリ滑り込めるたびに、加入後は最年長メンバーか......と気が重くなった。4年の間でアイドルとしても一人の女性としても大人になってしまっていた。
そうしてオーディション会場でも自分が『お姉さん』であることを痛感しながら、与えられた課題曲を精一杯披露した。私が4年間積み上げてきた表現力や歌唱力は今この会場にいる誰よりも強い武器になると自信を持って。

そして披露後に必ず審査員から言われる。
「他のグループなら絶対に受かるのに、どうしてうちを受けたんですか?」

初めて受けたオーディションでこれを言われた時は、これまでの活動が報われた気持ちになって嬉しかったし、次のオーディションはきっと大丈夫だと思えた。だけど2回目でも同じことを言われた時は嬉しいとは思えなくて。3回、4回と続くと、もう聞き飽きたよってその場で発狂したいくらいだった。この質問をされた時点で、落ちるんだろうなと思うようになったし、家に着いてからは大人でもこんなに泣けるんだって驚いてしまうほどたくさんたくさん声を上げて泣いた。

『他の』と審査員のひとたちは言うけれど、その『他』でも私は同じことを言われたのだと伝える持ち時間は与えられていなかったし、伝えて消化するくらいもさせてもらえないのかよと布団にくるまって泣くほかなかった。

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慣れない大都会。
窮屈な夜行バス。
路線が多すぎる電車。
人が多すぎて青のうちに渡りきれない横断歩道。

渋谷駅前で「ワンマンライブにきてください」とビラ配りで声かけてくれたアイドルさんは、以前共演したことがあったけれど私に気づくわけもなかった。私はその程度なのだ。

そうしてたくさんの『落ちた』経験をした先で、ここなら絶対に受かると確信を得たオーディション見つけ、勢いだけで応募した。思った通り、受かってしまった。

とにかく早くアイドルに戻りたい気持ちでいっぱいだった私は、以前所属していたグループよりも少しだけSNSのフォロワー数が少ないグループに応募したのだ。
私の4年間の活動を即戦力だと評価してもらえたし、名前を言えばすぐに私のことを分かってもらえた。どうしようもなく嬉しかった。これまでたくさん落ちてきたことが嘘かのように全てがとんとん拍子に進んでいって、またアイドルとしてステージに立てる日を楽しみに曲を覚える毎日だった。

季節は春。多くの人が新生活を迎える。
同じように私も上京して新しいアイドルグループに加入する。地下アイドルシーンが一般社会とは隔離された世界のように思えていたからこそ、この春らしい出来事のど真ん中に自分がいることにも浮かれていた。私にも、やっと新生活がやってくる。

新しい曲を覚えて、新しいサインを考えて、新居を決めて、退居の連絡をして、引越しの見積もりを受けて。
時が止まった。ような気がした。

私に突きつけられた見積額は繁忙期と呼ぶに相応しい額で、思わず焦って引越し業者さんを帰した。そこから全てが止まらなくなってしまった。

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ここまでして、こんな額を出してまで、私はこのグループに本当に入りたかったのだろうか。そう思うようになった。そう思うようになって迷いが生じたことが何よりも答えだと気付いてしまって、泣きながら「新メンバーを辞退します」とお世話になる予定だったグループの運営さんに連絡をした。

私は、私の手で、全てを白紙にしてしまったのだ。

私のファンに会えるチャンスも、またアイドルとしてステージに立てる機会も、全て自分で手放してしまった。たくさんオーディションに落ちて気がどうかしていた。焦って受けるんじゃなかった。こんなのただ迷惑をかけただけじゃないか。毎日毎日そう思いながら泣いた。ごめんなさいって声に出しながら泣いた。誰に対してとかじゃなくて、もう全てに向かってごめんなさいと泣くしかできなかった。

それから1ヶ月ほど経った今、私はこうしてベッドの上で黙々とフリック入力をしている。
アイドルをしたい。
私は今アイドルをしたい。1ヶ月前よりも強くそう思う。
誰かに知られることもなく、辛いだけの時間を過ごしたことになんてしたくない。そう思ってこうして文を書いている。この今が、私の第一歩だ。

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そうだ。
このエッセイを送ったあと、またオーディションを探してみよう。きっと私のこの文がこれまで応援してくれたひとたちの目に触れることを信じて。私の選択は私が幸せになるために間違ってなかったと信じて。

私が私を信じてあげなきゃかわいそうだ。
オーディションに落ちたことも辞退したことも、私自身を否定されたわけでもしたわけでもない。きっとこれから歩んでいく未来に進めるように少し時間をかけて交通整理をしていたのだ。たくさんたくさん人に迷惑をかけてしまった申し訳なさは拭えないけれど、きっと間違ってなんかいない。

春らしい出来事のど真ん中に、私はもういない。
地下アイドルシーンと一般社会は隔離された世界のように思えているままでいいと、ゆっくり1ヶ月休んでみてそう思う。

だって私は今までもこれからもアイドルなのだから、そう信じて。