私は料理が嫌いなのだと思っていた。
嫌いだと思っていた……などと、自分のことなのに他人事なのはその感情に気づいたのがつい最近だからである。

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もう何年も私は毎日台所に立ち、複数名分の料理を作ることが強いられている。
はじめはとても憂鬱であった。
どのメニューにするかを考え、前日にスーパーで食材を買う、食材を切り、火をつけ、煮るなり炒めるなりする……その工程をひとつひとつこなしていくのが、心配性で失敗するのが怖い自分にとっては不安がつきまとう。
分量を測るのが苦手。もし少しでも多くなったり、少なくなったりしたら……を考えると手が震えてしまう。たかだか料理であるが「焦げたらどうしよう」「火がちゃんと通らなかったらどうしよう」を気にしだすと止まらなくなってしまう。
なのでまるで鰹節でも削るようにごりごりと、心を削りながら台所に立っていた。
料理は私にとっては「おいしいものをつくる」楽しい行為でなく、失敗せずにひとつの皿に食べ手が納得するものを錬成する苦行であった。

それに加えてキッチンの空気というものがそもそも好きではなかった。
なんとなく「料理」=「女性がやるもの」という悪しき、いにしえの先入観が床や壁や天井にこびりついてるからだ。
幼い頃親戚の集まりで台所に立つのは皆女性だった。男性達はリビングで食事をするのに対して女性は台所で男たちが作るものを使用人のように作り、出し、それが一段落すると台所で立ったまま慌ただしくろくに噛まずに食事をし、男たちが食べたものを片付けにいく。台所に立つとそれを思い出す。

料理や台所と私の相性は決していいとはいえなかった。

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それが変わったのはカット野菜や冷凍豚バラ肉との出会いである。
コンビニで並んでいるそれを見た時は「こんなの使ってはいけない」と思った。ズル、のような気がした。例えるのならば裏口入学でもするような罪悪感。私は食材と混ぜるだけのようなキットですら後ろめたい。
手に取ることなくその場を通り過ぎようと思ったのに、私の腕にかかる買い物かごにはカットキャベツ、カットもやし、冷凍豚バラ肉が入っていた。
「料理」から解放されたかったのかもしれない。私の毎日は目覚める度に今日の料理に対する重圧(プレッシャー)にずんと押し潰されるのが日常だったからだ。

けれどカット野菜や冷凍豚バラ肉を使うことによって私は「料理」から解放されるどころか、料理が嫌いではないと気づかされた。
ちゃんと均等に食材を切れるだろうか、火が通るだろうか、そんな感情はカット野菜と冷凍豚バラ肉をを使うことによって解消された。なんせ封を開けて、ただ入れればいいのだから。
もう開き直った気持ちで食材と混ぜるキットも使って、料理を仕上げた。
楽だった。でも楽という感情よりもはるかに大きい「料理」がもしかしたら嫌いではない、むしろ面白いという気持ちに気づいた。
菜箸でくるくると回すフライパンの中、カット野菜はみるみるうちに火が通り、色合いが明るくなっていく。冷凍豚バラ肉はつい少し前まで凍っていたことなど忘れて柔らかくなっていく。
ぐっと唇噛み締めて、恐る恐る切っていた野菜や肉と、全く違いが分からない。
そうか、料理はこうでいいのだなと思った。
肩肘はって、気も張って、そんな張り詰めたばかりの台所でも料理は出来る。
けれど楽をして、ズル……だってライフハックとゆるゆると力を抜いた台所でも料理は出来る。
そう気付くと料理は苦ではなくなった。

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それに加えて私の心を解凍するように溶かしたのは「作りたい女と食べたい女」というドラマ化もされた漫画だ。料理好きでたくさん作りたいけれど少食な野本さんと、同じマンションに住む食べるのが好きな春日さんが出会い二人で食事を作り、食べるごとに互いに特別な存在になっていく物語だ。
作中出てくる野本さんはただ料理が好きなだけなのに、職場にお弁当を持っていくと「いい奥さん、いいお母さんになれる」と自分の為に作ったものの男性の為にと扱われてしまう。
春日さんの実家では女性だけが料理を強いられ、また食事にも男女で差をつけられていて、美味しいものを満足できる程食べられない。
けれど野本さんも春日さんも台所や料理に苦手意識を感ずるのではなく、自分らしい距離感で台所や料理に向かい合っていく。話が進むにつれてメインの二人に加えて、おいしいものは好きだけれど料理はしないでお惣菜を買う女性や、食べることが苦手という女性も登場してきた。
物語の中で美味しそうなものを作り、食べ、飲み、笑いあう面々の姿をみると、私も別に完璧な料理を作らなくたっていい、台所に苦手意識を持たなくていいと思えた。

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私にとって料理や台所は今はまだ「好き」と呼ぶほどではないかもしれない。やっと苦手意識が解けてきた頃。けれど少しずつ「好き」へと向かっている気がしている。
レシピも見ずになんとなくカット野菜や豚肉と味付けを混ぜて、大皿によそう。
ホットケーキミックスと卵、牛乳、バナナを混ぜて炊飯器で炊飯。
たまには冷凍餃子をフライパンで火を通すだけ。
それでいい、それがいい。
そんな料理をすべく今日も立つキッチン。