これは、夫がまだ彼氏だった頃の話だ。

付き合ってから、初めて迎える彼の誕生日。
誕生日当日、私はプレゼントを渡すことに加え、夜ごはんには彼の大好物を作ろうと意気込んだ。
それは、カルボナーラだ。

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ただ、私はそれまで一度もカルボナーラを作ったことがなかった。そもそも、自宅でパスタを食べるにしても、市販のパスタソースを使うことがほとんどだった。ひとり暮らしだと、そんなものだ。最初のうちは気合いが入っていても、ひとりの時間が長くなってくると手間暇かける意味がだんだん見出せなくなってくる。
とはいえ、そんなおひとりさま生活はすでに幕を閉じた。彼の誕生日の少し前に、私たちは同棲を開始していた。

誕生日が目前に迫ったとある休日。彼は仕事のため、家にいなかった。
タイミングとしては今日しかない。そう思った私は、あらかじめカルボナーラの練習を密かに行うことにした。
料理の練習なんて、普段なら絶対にしない。多少焦がしたり煮込みすぎたりしてしまっても、食べられるのならさして問題ではないからだ。まあこんなこともある、とさらっと流せる。胃の中に。
でも今回のカルボナーラに関してはわけが違う。年に一度の、そしてふたりで迎える初めての彼の誕生日だ。そんな大事な日に失敗なんて許されない。そう思い、私はカルボナーラの事前練習をするためキッチンに立った。

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あくまでレシピ通りに作業を進めた。途中までは、確かに順調なはずだった。
ただ、フライパンでソースを煮詰めている間に「おや?」とだんだん怪しくなってきた雲行き。私の記憶が正しければ、確かこの日は本当に天気が悪かったと思う。

出来上がったカルボナーラは、ソースがもったりと重く、同時にボソボソとした口当たりの悪さも感じられた。ご機嫌斜めな空模様のせいにしたかったけれど、そういうわけにもいかない。分量か何かが間違っていたのだろう。失敗作を作り出してしまった犯人はお天道様ではなく、あくまで私自身。

時間が経つにつれて隕石みたいなかたまりになっていくカルボナーラをひとり虚しく食べながら、「こんなものを誕生日に振る舞うわけにはいかない」と大きな焦りに駆られた。
ただ、具体的にどこをどう間違ったのか、失敗の要因がわからない。わからないまま当日リベンジしたところで、成功する自信は到底持てなかった。

結局私は、リスクを回避するため、カルボナーラをボロネーゼに急遽変更した。
作り方が比較的簡単だったから、誕生日当日はもちゃもちゃとした得体の知れない隕石を投下せずに済んだ。「おいしい!」の一言も無事ゲットすることができた。

ふたりで暮らす毎日を積み重ねていく中で、ミートソース、ペペロンチーノ、ナポリタン、トマトクリームなど、パスタ料理のラインナップも増えていった。自分が作ったものを、一緒に食べてくれる人がいる。そう思うと、自ずと手を抜くことが減った。市販のパスタソースは、もうしばらく買っていない。

それでも、かつての大失敗が脳裏にこびりついているせいか、唯一カルボナーラだけはあれから作れずじまいだ。

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「実はね」と、後々になってから、例のカルボナーラ隕石事件の話は彼に打ち明けた。
「カルボナーラ作ろうとしてくれてたの!?食べたいなぁ……」
爛々と目を輝かせる彼の顔を見ていたら、失敗の傷が燻った。

今までに作ってきた料理の数々を思い出しても、きっとあのカルボナーラがワーストの失敗作だ。あの隕石は何だったんだろう、と未だに不可解に思う。
あれから約2年の月日が流れようとしている。自炊の腕も、きっと上がっているはずだ。私は基本的に、平日は毎日キッチンに立っている。出来合いのお惣菜は滅多に買わない。

彼、もとい夫の今年の誕生日。
大失敗の記憶を塗り替えるべく、カルボナーラに再挑戦してみることをここに宣言する。
大切な人の「おいしい!」を、今度こそ大好物で勝ち取りたい。