小さい頃、キッチンは私にとって特別な場所だった。そこは両親や兄だけが立っていい場所であり、小さい私が立ち入ってはいけない場所でもあった。
「ケガをすると危ないからね。近づいちゃだめよ」と母親がよく言っていた。幼い子に包丁をもたせるのは危険だから言い聞かせていたのだろう。
しかしそんなことを言われるとなおさらキッチンが気になるのが子供というもの。一体何があるのだろうか、と考えることもあった。

いつも美味しい料理が出てくるので、キッチンは“魔法が使える場所”だと思ったこともあった。実際は魔法なんてものは存在せず、母親が料理上手であったために美味しい料理が出てくるのだが…
また、私はキッチンを“大人だけが立ち入れる場所”だとも思っていた。
「大きくなったらあそこに立てる!何か美味しいものを作れる!」と目をキラキラさせていた幼い私は純粋だった。

“魔法が使える場所”、“大人だけが立ち入れる場所”…これらが私が抱いていたキッチンのイメージ、そして憧れだった。だからどうしてもキッチンに立ちたかった。

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私がキッチンに立ち入ることが許されたのは年長さんの時。私は母親をなんとか説得してキッチンに立ち入る許可を得た。
しかし、初っ端から大惨事を引き起こすなんてこの時の私は思ってもいなかった。
きっと読者のみなさんも想像がつくだろう。『血まみれ』である。

『血まみれ』といってもそんなにスプラッタではない。ナスを切ってる最中にコロッと転がってしまってうっかり指を包丁で切ってしまった。痛みは殆どなかったがスパッと切ってしまったらしく、血が溢れてしまった。
その状態を見た母親はパニックになり急いでオロナインとバンドエイドを持ってきて私に言った。
「もうキッチンに立っちゃだめよ!勝手に包丁に触らないようにして!大ケガでもしたら大変よ!」
血相を変えて母親がこのようなことを言うので当時の私はポカーンとしてしまった。母親の不安そうな顔を今まで見たことがなかった。
この出来事がきっかけで私はキッチンを“出禁”にされた。

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そして私は包丁を持つことも器具を使うこともほとんどできないまま中学と高校の調理実習に参加することになる。
調理実習中は料理上手の友人たちが率先して食べ物を切ったり、味をつけたりしていたので私の出る幕は無かった。
私の役割はただ一つ。美味しいお米を炊くこと。炊飯器のボタン一つで準備完了である。そして時々火加減を友人に報告するぐらいだった。
家庭では幼い頃にキッチンを“出禁”になり、中学や高校では一切包丁を握らずに炊飯器の使用のみ。
そのため私は未だに一人で料理することが苦手である。

しゅるるるーっとりんごの皮を剥くこともできないし、テキパキと料理を効率よく作ることもできない。
せいぜいドヤ顔しながら作れる料理は冷凍ラーメンと冷凍ちゃんぽんぐらいだ。水を沸騰させて具材を入れれば完成!である。
このままではいけないな、と思いつつ冷凍食品の種類がもっと増えないかなーと怠けた考えを私は密かに抱いている。