人間の中にある〈感情〉というものが消えてしまえばこの世界、うまくいくのに。これは、私の中にあるいらない感情を消すために書こうと思う。
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好きになった人は既婚者だった。転勤してきて挨拶されたとき、ものすごく顔がタイプだな…と最初は思っただけ。しかしいつの間にか、くしゃっと皺ができる笑顔も相手を思いやる穏やかな話し方も好きになっていた。
強いて言ってしまえば、これは恋愛感情だったのかも憧れだったのかもわからない。
〈好き〉という気持ちだけは確かなことだった。世間では、芸能人やら政治家やら誰かやら問題行動を起こすとすぐに叩き始める。学生時代のいじめられていた私は案外優しく、それを見て「そうなのか」とただ思うだけだった。
だって、会ったこともない知らない人がしたことを叩いても仕方がない。と、いうか興味がない。今の生まれ変わった気でいる自分も本音はそうだ。
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だが、現実で周りの人がその人たちになにか言っていたら一緒に叩く。最低だ、だがそれが生きる術だといつからか気づいてしまった。職場で、一緒に働いている人から他人の悪口が聞こえてくると悲しくなってくる。あなたはその人を叩けるほど立派なのだろうか。
もっと痩せなきゃ、見た目を良くしなきゃ。じゃないと、私がターゲットにされる。
学生の頃みたいにはなりたくない。
私もオブラートに合わせて言ってしまう中、裏の裏では自分も言われているのだと知っている。
家族仲もうまくいっておらず、罵倒してくる母に止めもしない父。
正直、私には居場所はない。
前にも歩き出せない。いつも消えてしまいたかった。だが、職場で彼の姿が見えるだけで穏やかな気持ちになった。ある意味〈モチベーション〉のようなものになっていた。子供の話を楽しそうに口にする彼に、私は何度か失望を抱いた。馬鹿だな、ただの憧れなのに。
自分が気持ち悪い。頭沸いてるな自分。でも奥さんが羨ましいな。
……あなたが欲しい。
〈好き〉という感情は我慢出来なかった。
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本当の彼がどんな人なのかは知らない。ちょっと口が悪いことも短気なのも勘づいていた。
でも、周りが文句を言っていても嫌いにはまったくならなかった。素敵な人に見えるのは、奥さんが見立ててくれるから。知り合いに不倫していろいろと痛い目を見た人を知っているからこそ、私は過ちを起こさないですんだのだけれど。恋愛をあまり知らない私と違って、相手は知っている。だから、私からの好意を気づいたのかもしれない。
いつからか、からかうように話しかけてくれるようになった。ただの世間話だし、私たちの間にはなにもない。だが、私はそんな時間に救われていた。こんな私に笑顔を向けてくれる。私も人間なのだと思わせてくれた。彼は結構位が上の人で、また転勤していく。
これでよかったのだろう。
切ないけれど、気持ちもなにも伝えなかった自分をこれでよかったのだと褒めたい。
「またどこかでね」
会わないとわかっている。思ってもいないくせにかけてくれた最後の彼からの優しい言葉。
人間、〈好き〉という感情はどうして消すことができないから仕方がないとテレビのコメンテーターがいつか言っていた。私は人間と関わりを断ちたいのに、そんな周りの感情になんだかんだこれからも救われるのであろう。