ある人に、一目惚れした。私の短い片想いだ。 詳細は言えないが、約2ヶ月の集合型訓練での出来事だ。

彼は、訓練所のスタッフ。 私は訓練生。 立場の違う私たちだった。私たちは、お互い敬語で話し合う関係性だ。

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 彼は、私の1歳上。彼のカッターシャツの下にある窮屈そうな筋肉のせいで、てっきりもっと年上だと思っていた。彼はとても頼り甲斐のある人だから、風格があるということにしておいてほしい。しかし、彼の風格に見合わないイマドキな名前は、素晴らしく年相応だった。

彼の筋肉と鋭い目は、他の人には威圧感があったらしい。私の友だちは、「彼はクールで話しがけ難い」と言っていた。

しかし、他の人には威圧しているように見える彼の風貌も、私の視線を釘付けにした。マスクの上に見える、笑った時の彼のくしゃっとした目尻のしわが可愛かった。そして、2人だけで話す時にだけ聞くことができる毒舌混じりの彼の冗談は、むしろ私を惹きつけた。

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そんな彼の自己紹介。はじめの一言には、驚いた。

「僕は、脳筋です」

脳筋とは、脳みそまで筋肉でできている人のことを言うらしい。いわゆる、運動一筋で生きてきたような人のことだろう。時に、体育会系の人を小馬鹿にする時に、使う言葉でもあるようだ。

「彼も、きっと苦労しながら生きてきたんだろうな」

私自身が、自分をラベリングして心の拠り所をつくりながら生きている。だから、彼も『脳筋』というラベルを貼って、自分の心を守ってあげているのだろう。とっさに、そんな主観的な分析をしてしまった。

もちろん、彼の経歴、エピソード、そしてたまに「え?」と思わされる発言は、やはり『脳筋』を匂わせた。その一方で、自分の人生にはとても真摯に向かい合っている印象もあった。だからこそ、彼のラベリングとは少し違う彼の出立ちに、私は『彼の心の影』を勝手に想像で創り上げ、もっと惹かれていった。

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そんな彼への恋は、まるで中学生の恋遊びのようだった。 バレンタインには、チョコレート。 彼と話したいがために、少し遠回り。 毎日、できる限りのオシャレ。 「わたし、可愛いじゃん!」なんて、鏡の前で呟く朝。

訓練所という閉鎖された環境で、時間に追われた生活をしている私にとっては、彼を想う時間と彼との時間が唯一の楽しみだった。彼を好きになるにつれて、自分を好きになっていく私がいた。ずっと続け、この泡沫の恋。

そう、泡沫の恋なのだ。私は心のどこかで、なんとなく気づいていた。

私自身が、彼との未来を何も望んでいないことを。私が惹かれているのは、『本当の彼』ではないことを。そして、この恋心が本物ではないことを。

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訓練の最後の日。
「荷物になるかもしれませんが、これよかったら、、」

彼はそう言って、バレンタインのお返しをくれた。ピンクの紙袋に、いっぱいのお菓子と以前から約束していたジュース。私があげたチョコレートの何倍もの値段だった。私はカモだ。

「悪い男ですね、ほんと!記念に写真!写真、撮りましょう!」

彼に心を惹きつけられたまま、訓練所をあとにし、私は元の生活に戻って行った。戻ってからも、偽物の恋心を持って、何度も彼との写真を見返しては、ニヤニヤしていた。

その1ヶ月後、彼を含めた訓練所で共に過ごした人たちとの飲み会が開催された。彼も訓練所を退職し、スタッフという立場ではなくなっていた。久しぶりの彼、初めて見る私服の彼。そして、お酒の力と共に快活に話す彼。 見慣れない彼の一面がとても新鮮だった。とてもとても楽しい時間だった。

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しかし、残念なことに、あの時、なんとなく気づいていた偽物の恋心も、目の前で露呈した。 彼は、相変わらず優しい朗らかな人だった。しかし、スタッフの仮面を剥いだ彼は、私の惹かれた彼とは少し違っていたようだ。

本当の彼は、ただのヤンチャな青年。

承認欲求と自己顕示欲がみなぎったイマドキボーイ。 自分の人生にとても真摯だったが、他人にはとても無頓着な人だった。 

そんな彼の過去の恋愛話は、彼の性格そのものを表しているようで、私は悪い意味で妙に腑に落ちてしまった。 みんなは「釣った魚にエサを与えない男」と苦い顔をしたのだ。

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私の偽りの恋心は、シャボン玉のようにパッと弾けた。

申し訳ないが、彼には私はもったいない。
でも、彼に「ありがとう」を伝えたい。彼を好きになったおかげで、そう思えるほど私は自分を好きになれた。ありがたい楽しい楽しい片想いをさせてもらった。

次、彼に会うのはいつだろうか。 彼は、これからどんな人生を歩んでいくのだろうか。 これから少なくとも数年は、私たちは会うことはない。

でもね、ここからは大切な友人として、あなたの人生を見つめていきたいの。 次は、私に勿体ある男になってあらわれてよね。 私が本当に惚れれるようなもっと素敵な男性になって。
またね、ありがとう。