「結婚、どう思う?」
そう問われたら、正直私は、今のところ結婚したくない。
私は現在26歳のバリバリ結婚適齢期で、しかもひとりっ子だから、私が結婚して子供を産まなくては両親も孫の顔が見られない。先日、軽度の認知症を患っている母方の祖母からも「早くひ孫の顔が見たいなあ」なんて言われたところだ。分かっている、私が結婚したら親族が安心できる事くらい。でも現行の婚姻制度では、したくない。

私は自分の名字に誇りがあるし、名字もあわせて私なの

大きな理由としては、選択的夫婦別姓が認められていない事。
私の名字は「小堀」というあまり見かけない名字だ。父から聞いた話によると、直系ではないけれど、祖先は「小堀遠州」という、徳川の時代に茶道やら華道など芸術方面で少しだけ活躍した人らしい。「こぼり」という語感は全く可愛くない。まず濁音が入る時点で可愛くないし、電話口などで聞き間違えられる事も度々ある。ややこしい事に、この漢字で「こほり」と濁らない読み方もあるし、かなり少ないそうだが、「小”掘”」と手偏のこぼりさんも居るらしく、分かりやすく、馴染みのある「佐藤」や「田中」などに比べたら、名字で面倒な思いをしてきた事は多々ある。
だが、意外と私はこの名字が気に入っている。あまり多いとは言えない名字なので、例えば病院の待合室で「佐藤さーん」と呼ばれて2人同時に立ち上がるなんて心配もあまりないし、祖先が芸術に秀でた人間と知ったらそりゃ、ちょっと嬉しいじゃない。

26年間も「こぼりゆみ」として生きてきちゃったから、この語感に慣れ親しんでしまったのもある。子供の頃は、好きな人の名字と自分の名前をくっ付けて、結婚生活を妄想するなんて遊びもしていたけど、いつの間にかそれが気持ち悪くなった。上手く説明出来ないのだけれども、とにかく、私が、「こぼりゆみ」が、他人の名字になる事に違和感を覚えるのだ。

婚姻届けを出すより名義変更のほうが大変だなんて、馬鹿らしい

少し前だが、いい夫婦の日と言われる11月22日にインターネット上でとある記事が話題になった。「ペーパー離婚をした。10年前、夫に名字を『譲った』自分が許せなかった」という記事で、私は特に「『姓が変わった方』にだけ、やる事が押し寄せてきた」という部分を興味深く読んだ。
結婚なんて、(まぁ両家顔合わせだとか、しきたりをちゃんとやろうとすれば、やるべき事なんていっぱいあるのだろうが)基本的には紙切れにサインして役所に提出すれば良いだけである。晴れて2人は夫婦、簡単だ。でも名字が変わった方はその後、保険証や銀行口座、クレジットカードetc.の名義変更が発生する。婚姻届を提出するより、こっちの方が大変なのではと思う程、各所に連絡をしなくてはならないのだ。馬鹿らしい。

同僚の「名字が変わりましたが」を聞いて覚えた違和感

例を挙げればキリがない。一緒に仕事をしていた私の1歳年上の女性も、いい夫婦の日に入籍した。ちょうど2020年の11月22日は3連休の中日だったので、休み明けの24日、彼女から朝礼時に「私事ですが、先日結婚したので名字が変わりましたが、仕事は旧姓のままでしようと思っているので、今まで通りお呼びください」との一言があった。私以外の人間は、口々に「おめでとうー!」と彼女に声をかけていたし、勿論私にも彼女を祝福する気持ちはあるのだが、何故だか私は彼女のその挨拶の一言に違和感を覚えた。名字はどちらになったかを公言しなければならない日本の婚姻制度って、何?誰得なの?

もちろん結婚したくない理由はそれだけじゃない。
私の同級生達は早く子供を産んで育てている人間が多い。彼女達と気軽に繋がったSNSを開けば「今日も旦那は朝から趣味の〇〇。私は1日家で娘ちゃんの面倒見なきゃいけないのに…私だって遊びたい、あぁイライラするー!」と旦那の愚痴ばかり。
そんな、自由を失った結婚生活なんてまっぴらごめんなので、やっぱり私は、結婚、まだいいや。