私は昔から、溜まったストレスを上手く消化することができないタイプだった。

1人でいつまでも悶々と考えて、かといってそれを誰かに相談することもなく、ただただ体内に蓄積させていく。歯垢が歯石になっていくように、心の周りにはもうどうすることもできない汚れが固くこびりついていた。
けれど、このまま何もしないでいたらきっと私は壊れてしまうだろう。

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そう思った私は、自然と「食べること」に逃げるようになった。
スーパーやコンビニに行き、カゴいっぱいにお菓子やパンなどを買う。種類なんて何でもよかった。とにかくカゴを満たすことだけを考えた。

当時の私はひとり暮らしだった。
たくさん買ったお菓子やパンを、誰もいない部屋で手当たり次第食べていく。時間も不規則だった。

あまり間隔も空けず、常に何かを口に入れ続けていた。
そんな乱れた食生活を送っていれば、常に胃のあたりがうっすらと気持ち悪いのは当然のことだった。でも、私はその気持ち悪さにすがっていた。

気づいたら、スナック菓子の袋を破っている。気づいたら、個包装のお菓子をすべて食べ尽くしている。

我慢が、どうしてもできなかった。

食べ過ぎによる「気持ち悪い」「苦しい」で脳内を満たすことは、心の中にある虚ろな穴を埋める行為でもあった。余計なことを考えず、ひたすら食べ物を口に運び、咀嚼し、胃に流していく。それでも満たされないときは、アルコール度数の高いお酒も一緒に流し込んだ。気持ち悪さのあまり、床に座り込んで動けなくなることも多々あった。

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ベッドにだらりと横になり、真っ暗な部屋でスマホの画面だけを照らす。

Twitterの検索窓に「非過食嘔吐」「摂食障害」「カショオ」などの言葉を入れてみる。上から下へスクロールしながら、表示された数々の投稿をじっと見つめる。

自分の状態がそれらの病気と同等のものに当たるのかは、病院で正式な診断を受けたわけではないからわからなかった。かと言って、診てもらいたいとも思わなかった。そもそも私は人に救いを求められないから、こうして食べることに逃げているのだ。病院に行ける気力があるのなら、とうの昔に駆け込んでいるだろう。

人の生活の基本でもある衣食住。

食べることは、本来ならもっと楽しく、多幸感で満たされるもののはずだ。「美味しい」と顔を綻ばせながら、時には誰かと一緒に笑い合いながら。

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今の私は、かつてのように食べることで暴走したりはしなくなった。
もうひとりじゃない、という安心感もあるからなのだろうか。

買い物の際、お菓子売り場などに立ち寄ると、時々昔のことを思い出す。ほんの少しだけ、心の奥がちくりと痛む。でも、そこから虚ろな穴が開くことはもうなくなった。

フラッシュバックした過去の記憶はすぐに消え去り、隣にいるパートナーとの議論を再開する。議論といっても、それは和やかなものだ。今日はどれを買おうか、ああでもないこうでもないとのんびり言い合う。

買ったものは、夜にふたりで観る映画やドラマのお供になったり、ふたりでしっぽり飲むお酒のアテになったりする。

何を食べても、ふたりならいつでも美味しい。今やすっかり日常の一部にはなっているものの、それでもふとしたとき、自分の身を包んでいる柔らかな空気に驚いてしまう。

あの頃の私と、今の私は確かに地続きだ。何かが大きく変わったわけではない。それでも私は今、あの頃には感じられなかった幸せを噛み締めることができている。

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突然だが、あるテレビドラマの話を少しだけさせてほしい。
主人公は、病的なほどに冷蔵庫の隙間を拒絶する女子大生だった。
彼女は子どもの頃のトラウマが原因で、異常な量の作り置きをし、いくつものタッパーで冷蔵庫をびっちりと埋める癖があった。

しかし、あるきっかけにより「世界は広いんだなって思ったら、冷蔵庫の隙間くらいどうってことないなって」「これからは、食べたいものを、食べたい分だけ作るようにする」と心境が大きく変化した。彼女が家族同然に信頼を置いていたアパートの大家さんは、彼女のそんな言葉を聞いて「苦労はね、忘れるのが一番」と優しく言った。大家さんに、ぽん、と温かく頭を撫でられた彼女は、笑いながら涙を流していた。

彼女が経験してきた苦労と、私が過去に抱いてきた苦痛は同じものではない。けれど、今の私も、食べたいものを、そのとき食べたい分だけ食べられるようになった。フィクションだとはわかっていながらも、大家さんの言葉には思わず自分自身も重ね合わせ、目が潤んでしまった。

あの頃の私は、確かにつらかった。あまり、思い出したくもない。でも、日々に吐き気を覚えながらも、あの頃を耐えた私には「えらかったね」と言葉をかけてあげたい。

数年後のあなたは、ちゃんと美味しくごはんを食べることができるよ。