ある日の仕事終わり、私は同級生と居酒屋にいた。
久しぶりに会った彼とは学生の頃からの付き合いだったが、同じ学校に通ったことはなく、共有してきた時間はさほど多くなかった。

ビール片手に、最近同棲していた彼女と別れたという彼の話を聞いていると、大人になった、私の知らない彼の顔が垣間見えた。知り合ってからは随分経ったものの、どんな生活をしてきたのか、どんなものが好きなのか、どんな夢を持っているのか、案外知らないもんだなぁ、なんて、ぼんやりと思っていた。

彼は「恋人にはハンバーグを作ってもらいたい」と言った。手料理の定番メニューにも関わらず、私は今まで一度もハンバーグを作ったことがなかった。
「練習しとくわ〜」なんて冗談交じりに言うと、彼は笑いながら鼻を触った。それは、彼が照れた時にする癖だった。今の彼と、昔の彼が重なって、私は一瞬、息が止まった。

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次の休日、私はスーパーに行った。今冷蔵庫に何が入っているか記憶を辿りながら、1週間分の食材を買い物かごに放り込んでいった。
生鮮食品売り場の冷蔵庫から流れ出る、冷たい風を頬に感じながら、私は彼の言葉を思い出していた。スマホを取り出し、レシピサイトを開いた。そして、私はひき肉を買い物かごに入れた。レジに向かう足取りは軽快だった。

帰宅し、買った食材をキッチンに並べ、人生初めてのハンバーグ作りが始まった。
スピーカーから流れる音楽に合わせて、リズムよく玉ねぎを刻む。ひたすらに野菜を細かく刻む作業は、無心になれるから好きだった。ボウルにひき肉や玉ねぎ、調味料などの材料を入れ、鼻歌交じりに肉をこねていく。冷蔵されたひき肉のせいで冷えた指の間から、絞り出ていく肉の感覚は、気持ち悪いようで気持ち良かった。

形成して、フライパンで焼く。ひっくり返すのに少し手間取ったものの、初めて作ったわりには上手くできた。気分良く、お気に入りの皿にワンプレートで、カフェ風に盛り付けてみた。

初めて自分で作ったハンバーグは、まずまずの味だった。このクオリティーなら、他人に提供できるレベルだろうか。いつかそんな時が来たら、彼は喜んでくれるだろうか。
あれやこれやと思考を巡らせては、どことなく浮き足だった気持ちを抑えるように、私は黙々と料理を口に運んでいった。

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誰かのために料理をするというのは、とても愛おしい時間なのだと知った。その時の私は、何度手を洗っても消えない生肉の臭いすら、愛おしく思えていた。

結局、一人胸に抱いていた淡い期待が実現することはなく、私が彼に手料理を振る舞う機会は訪れなかった。予行演習も虚しく、ただ料理のレパートリーが増えただけで終わった。
とはいえ、私はハンバーグが作れる女になったのだ。それはそれでいいじゃないか。私は自分にそう言い聞かせた。

その後も何度かハンバーグを作ったが、特に上達するでもなく、ずっと「まずまずの出来」レベルを保っている。目標を失った人間なんて、大概そんなものである。
ひき肉をこねる度に思い出す、あの日のささやかな希望に満ちた、少しくすぐったいような、甘酸っぱいような記憶と感覚。
この経験が、いつか役に立つ日が来ることを、密かに願っている。