高校2年生の夏、吹奏楽コンクールの東関東大会に出場した。
東日本大会への切符は3枚。わたしたちは4位だった。
全ての感情を押し殺し、無表情でステージの代表校へ拍手を送るわたし。周りにはどう見えただろうか。

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そこそこの強豪校だった母校は、オーディションでコンクールメンバーを選抜する。当時約90人いた部員の中で、メンバーに選抜されるのはわずか30人。ステージで一緒に演奏したメンバーは、みんな練習に練習を重ねてその席を勝ち取った。わたし以外は。

以前のエッセイ「自惚れていたわたしを奮い立たせた『下手になった』と講師のひとこと」で綴っているように、わたしは、その年のオーディションを消去法で通過している。実はそれには続きがあって、オーディションの2ヶ月後、なんとわたしは幹部職である学生指揮者に任命された。
世代交代と呼ばれる、夏合宿恒例のイベント。次代の幹部職やパートリーダーを決めるのは、現幹部職の先輩方。その決定に、納得のいかない部員も多かっただろうと思う。部内のオーディションすら真っ当に通過できない人間が、幹部職として部活を、しかも演奏面で取りまとめる学生指揮者を、担えるわけがない。

先輩方はオーディション後のわたしの姿勢を見て任せてくれたのだと思うし、その評価は大変ありがたいことだった。でも、たった2ヶ月を評価され幹部職に成り上がったわたしを、入部当時からコツコツ努力してきた部員はどう思ったんだろう。

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実際、卒業したときには、同じパートの同期に「学生指揮者もパートリーダーも取られてめちゃくちゃ悔しかったし、正直嫌いだった」と言われた。そりゃそうだろう。
でも、任命されたからにはやるしかなかった。最終決定の前に先輩から「学生指揮者をお願いしようと思っているけど、どう?」と言われたとき、本当は一度断った。正直に「わたしにはできないです」と。それでも任せてもらったなら、やるしかなかった。
もともと無い信頼は、今、ゼロから築くしかなかった。姿勢で、考え方で、言葉遣いで。

話を戻すけど、「消去法でその席を奪ったコンクールメンバー」であり、「ゼロから信頼を築くしかなかった学生指揮者」だったから、泣かなかった。泣いてはいけなかった。
頑張った期間がみんなよりも全然短いから、悔しいなんて思ってはいけないと思った。それ以上の具体的な理由はない。
あの頃は「頑張った=悔しい=涙」みたいなところがあった気がする。頑張ってないと、悔しいなんて思っちゃいけない、みたいな。だから、当然その先にある涙なんて流していいわけがない、みたいな。

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それともうひとつ。当時の幹部職は6人。部長1人、副部長2人、学生指揮者が3人。わたし以外の幹部みんなが涙を流していた。幹部が全員泣いていたら、部員は誰についていけばいいか分からないだろ、なんて思ってしまった。
部員の先頭に立って、誰よりも前を向いて、真っ先に前に進まなくてはならない。それが幹部だと思ったから、他の幹部が泣いているならわたしが真っ先に前を向かなくては、と思った。

高校2年生の夏。吹奏楽コンクール東関東大会。代表枠は3校、わたしたちは4位。周りが泣きじゃくる中、全ての感情を押し殺し、無表情でステージの代表校へ拍手を送るわたし。
周りの瞳にどう映っていたかはわからないけど、あの日涙を流さなかったわたしに、大きな拍手を送りたい。