私はどちらかというと、無駄に我慢をするタイプである。
欲しい商品があってもその前を行ったり来たりして結局買わなかったり。特に子どもの頃は、買ってあげると言ってもらっているのに断ることも多かったように思う。
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しかし、逆に今のほうがお言葉に甘えるようになってしまった。相手の行為を踏みにじらないという点で言うと良い傾向とも言えるが、順番が逆だという点は否めない。
計画性を持った我慢ではなく「何でもかんでも我慢!」という感じなので、時々タガが外れる。そこに何故か心に秘めている若干のギャンブラー気質が乗っかって、お目当て(1個)のためにガチャガチャを3000円くらい回したり、そこまで大きくもないぬいぐるみのためにクレーンゲームで1500円かけたりしたこともあった。
反省した今はあまり手を出さないようにしているが、ランダムグッズを開封したい欲にしばらく前から襲われている。たぶん近々やる。しかし、そんなプチギャンブルよりも我慢できないことがある。それは「我慢しないことを我慢すること」。
我慢しないことを我慢するということに我慢できない……なんだか禅問答のようだが(そうか?)、具体的に言うと「空腹を我慢しない」という習慣をなかなかつけられないのである。
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理由は単純で「痩せたい(太りたくない)」から。
食べないことに全力を尽くすより質・量ともにしっかり食べ、しっかり運動したほうがいいのは重々承知している。筋トレをして筋肉を育てれば代謝が良くなって食べても太りにくくなるという話も何年も前から繰り返し耳にしている。しかし現状は、1日のどこかでなるべく歩くようにし(有酸素運動)、食事以外の時間帯にお腹が空いても液体かグミ数粒でお茶を濁すことが多い。
筋肉も体力もなし、一方で甘味やパンが好きだなんて太りやすい要素ばかりなのだが、気の赴くまま食べられないので太らずにいられているだけなのだった。太るものが好きだという自覚があるから、なおさら食べられないのだけど。
肋骨が見えると「ヤバいな」と思いつつ、安堵する自分もいる。1番痩せていた一人暮らし時代の写真を見ると「これはアウトだろ」と思いつつ、そこに写る真っ直ぐなふくらはぎに憧れる。適切なトレーニングやマッサージで真っ直ぐにすればいい、そのためにたくさん食べてもいいんだよ、とも思う。しかし我慢はとどまるところを知らない。
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夫は私の最も痩せている時期を知っているのだが、シンプルに心配だったらしい。そして結婚した今は、あの手この手で食べさせようとしてくれている。その1つが我慢禁止令。例えば、夜に一緒にスイーツを食べる習慣があるのだが「それのために日中の摂取量を調節してはならない」といった具合だ。
しかし、これがなかなか難しい。夫は出勤していて自由に食べられないことを考えると……ってこれはもはや責任転嫁にもなりかねないが、周りの摂取量と比較してしまうのもクセなのだ。そんなこんなで、我慢しないことを我慢できないのである。
異動の兼ね合いで1度実家に戻り、その際に増やしてもらった体重は再び実家を離れた1年で元に戻った。むしろさらに減ったまである。たまに測る体重計の数値を見て「ダイエットの天才なのでは」と笑ってしまうが、笑い事でもないんだろうなとも思う。もっと別のところに才能を発揮しろよ!
誰に求められているわけでもないし胃にもあまり良くないのに、なぜ痩せようとし続けるのか。これはもう「丸い自分が嫌」としか言いようがない。それだけのためにもう10年ほど我慢をし続けている。我ながらすごいと思う。全然褒めてないけど。
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最近、食べるための保険を作るためにプチ筋トレを始めた。これまではそう言いつつ食べる量を変えないこともザラにあったが、今年こそ我慢しないことを我慢できるように……度々ややこしくて申し訳ない。つまり食べたいときに食べたいものを素直に食べられるようにしたい。
……ということを書きつつ今、空腹を紛らわすためにお茶をがぶ飲みしている。もう無理なのかもしれない。