「遠距離になるけど、付き合いませんか」
あのとき言えなかった言葉が、気持ちが落ち込むたびに頭の中を反芻します。
恋愛経験がなかった2人が迎えた、初めての夜
学生最後の夏、私は親しい人たちに改めて連絡を取り始めました。東京で働くことが決まり、4年間で出会った人たちと改めて話をしたくなったのです。
彼もその1人でした。背が高く物静かで、いつも幼馴染みの男の子と一緒にいる人でした。その時はまだ、講義の帰りに3人で話す程度の仲でした。
「元気?」
就活を終える学生が出始めた8月末、彼にLINEを送りました。彼に私の参考書を貸すということで久々に会うことになりました。その日から、就活の相談を受けたり私の話をしたりと毎日LINEが続き、2人で会うようになりました。
そして彼の就活も終わり、秋になりました。会うたびに、彼が別れ際に当たり前のように次の予定を立ててくれるのが、ほんとうに嬉しかったのです。
季節は冬になりました。初めて2人で宅飲みをすることになりました。
「夜遅いから泊まってもいい?」
「いいよ」
お互い恋愛経験がなかった私たちは、そこで関係性をはっきりしておくべきだったと、今は思います。
お酒を飲みながらテレビを見ている間も、私はずっと緊張していました。カーペットの上に寝転がり、同じ掛け布団をかぶって眠りました。
「背中痛いね」「私はよくこうして寝るんだ」なんて会話をしながら気づいたら朝になり、「腰痛いや」なんて会話をして別れました。
我慢していたことを言ってみて、その反応をみて告白をすることに
数日後、一緒に映画を観に行き、彼がまた私の家に泊まることになりました。
その日はシングルの布団を敷き、くっついて眠りました。不思議と私の声は落ち着いていました。
「ハグしてほしい」
ぎこちなく回してくれた腕は硬くて長く、女友達とじゃれ会うときの柔らかい心地よさとは全く違いました。
そのまま静かに朝を迎えました。翌朝まだ目を瞑った彼が、布団の中で私の手を握ってきたのが、愛おしく感じたのを覚えています。
私は彼への告白を決心し、友人に相談しました。すると友人は「彼に嫌われたくないって気持ちが先走ってない?本当の気持ち言えてる?」。嫌われたくないという言葉が、私の中で強く残りました。
そして、今まで少し我慢していたことを言ってみて、その反応を見て告白するかどうかを決めることにしました。私は恋愛経験がないということに焦っていたのかもしれません。
数日後、2人で食事をしました。終電も近いし店を出ようということになり、私はそれまで言い出せなかったことを、迷いながらもはっきりとした口調で言いました。
「お金の関係はその都度対等にしていたいから、今日は割り勘したい」
彼は少し怪訝な顔をしました。彼は電子マネーを使い、小銭をあまり持ち歩かない人でした。一緒に出かけるたびに割り勘がし難く、私は毎回どちらかがまとめて払うということに対してストレスを感じていました。学生であり「友達」という関係の私たちにとって、お金に関して我慢するのはよくないというのが正直な気持ちでした。
帰り道、終電が近いのにやけにゆっくり歩く彼に対し嫌悪感しか感じなくなりました。「泊めてほしい」という声は終電が走り去る音で聞こえないふりをしました。
「じゃあね」
「またね」
それが、2人で交わした最後の会話になりました。
あのとき意地を張らなかったら、つながりを持てたのかもしれない
それから1ヶ月ほど経ったクリスマスの夜、男の人と初めて性行為をしました。
余裕のある、10歳年上の大人の男の人。初々しい「初めて」とはならなかったけれど、後悔はありませんでした。彼との思い出は、その人との時間で簡単に塗り替えられていきました。
季節は春になり、東京で私を待っていたのは、絶え間ない人の波と仕事の厳しさと、友人のいない中過ごす孤独感でした。
もちろん素敵なことも溢れています。しかし、親しげに歩く人たちとすれ違う時、高層ビルの真上を飛ぶ飛行機を見上げる時……、ふとした瞬間に涙が溢れるようになりました。
あのとき変な意地を張らなかったら、あなたと距離よりも強い繋がりを持てたかもしれない。リモートで励まし合い、想いを吐露しあえる関係が築けたかもしれない。
人のネガティブな面を受け入れる余裕が、私にあればよかった。