大学時代、特に3.4年時の私は、夢を見ることのアンチであった。夢を持って入学したのに、だ。

私が通っていたのは、教育大学の美術専攻。教育大学であるにも関わらず、教員免許を取らずとも卒業出来るシステムだった。もちろん希望者は取得することも可能だが、実際に取得していた学生は私の学年では一割にも満たないくらいだった。そのため、他の教育大学の美術専攻よりもフワフワした人が多かったんじゃないかと思う。

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そんななかで私がアンチに成り果ててしまったのには、理由がある。
専攻内の教員や生徒の一部に、一般企業に勤めて暮らしていく人生を「つまらないものだ」と捉えている人達がいたからだ。
そういう人達が実際、どれくらいいたのかは分からない。地方の国公立大学だから、東京の美大などに比べると、堅実な思考の持ち主が多かっただろうとは思う。しかし、所属していた研究室の担当教員がこの思考の持ち主だったこともあり、私のアンチ夢追い精神はむくむくと成長していった。

入学したばかりの私には、絵を描くこと、創ることへの意欲があった。わざわざ美術系の専攻に進んだのだから、その方面の仕事をしていきたいという気持ちも、もちろんあった。だが、3年に上がる頃には、その気持ちはほぼ消え失せていた。自分自身が創作に従事する理由が見つからなくなったのだ。創ることで食べていきたい人達はいっぱい居て、それらの人に依頼される仕事の量というのはある程度決まっていて、そのなかで勝ち残っていきたいという気持ちが、私には全く無かった。他にやりたい人がいるなら、全然そちらにやってもらったほうがいいよな、というくらいのモチベーションしか残らなかったのだ。

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その一方で、2年時から始めたアルバイトでは、そこそこのやりがいを感じていた。仕事内容は販売で、毎月全国の販売員の売上ランキングが掲示される。少しでも良い順位を目指して、工夫して接客することに楽しさを見出していた。そのため、創作以外の仕事を「つまらない」と括られてしまうと、自分が今楽しんでやっているアルバイトも否定されたような気持ちになったのだ。
夢を追わない生き方もそれはそれで楽しいのに、我慢や妥協でその道を選んでいるかのような扱いを受けるのが嫌だった。

そんなわけで私は、卒業後は当然、創作の道には進まず、一般企業に就職した。
入社して一年が過ぎた今。私はなんと、夢を追っている。「人生で一冊で良いから、自費出版ではない形で本を出したい」という夢だ。本業にしたいとまでは思わない。今の仕事をしながら、空き時間を生かして追いかけたい。美術とは関係はないけれど、大切にしたいと思っている夢だ。
どうやら私は、夢とは別に本業があって初めて夢を見ることに集中できるタイプだったようだ。気の小ささが窺える特性だが、それが私なのだ。

このことに気がつけたのは、大学生活のおかげだ。
美術に対する志は早々と失ってしまったけれど、この期間があったからこそ、今の夢を、自分に合った形で追えるようになった。
身の置き場のない4年間だったが、自分の人生には必要な期間だったと、今は思える。